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アメリカのドナルド・トランプ大統領が、ベネズエラ国内のコカイン製造施設および麻薬密輸ルートを標的とする軍事作戦計画を検討していることが明らかになった。CNNの報道によれば、複数の米政府高官がこの計画の存在を認めているが、トランプ大統領はまだ実行に踏み切る最終判断を下していないという。
また、金曜日には緊張の高まりを示す動きも見られた。ピート・ヘグセス国防長官は、ヨーロッパに配備されていた米海軍の最新鋭空母打撃群をカリブ海地域へ移動させるよう命令。同地域では米軍の増強が続いており、トランプ大統領はCIAに対してもベネズエラでの秘密工作を許可したと報じられている。
補足説明
反米と主権を掲げた石油国家
アメリカとベネズエラの対立は、1999年に発足したウゴ・チャベス政権から始まりました。
チャベスは石油資源を「国民の財産」と位置づけ、外資企業を排除して国家主導の社会主義政策を進めました。
これは長年ラテンアメリカで影響力を保ってきたアメリカに対する挑戦でもあり、
ベネズエラは「反米と主権独立」を掲げる象徴的な存在となりました。
その一方で、原油価格に依存する経済構造が固定化し、価格下落とともに国内の社会不安も増大していきました。
暫定政権と政治的分断の行き詰まり
チャベスの後継者ニコラス・マドゥロが2013年に大統領に就任すると、
経済危機と反政府デモが続く中で、アメリカはマドゥロ政権を「独裁」と非難。
2019年には野党指導者フアン・グアイドを暫定大統領として承認しましたが、
国内の軍・行政は依然としてマドゥロ政権の支配下にあり、
グアイド側は実際の統治力を持たない象徴的な存在にとどまりました。
その後、野党内の支持も分裂し、2022年末に暫定政権は正式に解体。
結果として、マドゥロ政権は国際的な孤立を深めながらも、国内の権力基盤を維持しています。
対立の構図と「主権」めぐる攻防
アメリカはベネズエラ政府高官の一部が麻薬取引や資金洗浄に関与していると主張し、制裁と監視を強化してきました。
一方でベネズエラ側は、こうした動きを「政治的口実による主権侵害」だと反発。
「麻薬対策」を名目にした軍事行動は、実際には政権転覆を狙った圧力だと主張しています。
この“安全保障か内政干渉か”という対立構図が、長年の不信を固定化させています。
ロシア・中国との結びつきと米国の焦り
アメリカの制裁でドル資金が枯渇したベネズエラは、ロシア・中国・イランとの関係をさらに強化しました。
ロシアは軍事顧問を派遣し、中国は通信・インフラに投資、イランは燃料支援を提供しています。
ベネズエラにとっては経済・エネルギーの生命線であり、
アメリカにとっては「自国の裏庭」にロシアの影響が広がることを意味します。
このため、今回の米軍派遣は麻薬対策にとどまらず、中南米における勢力圏争いの一部として位置づけられています。
海外の反応
以下はスレッド内のユーザーコメントの抜粋・翻訳です。
これがフェンタニルと何の関係があるっていうんだ?
ただの「政府が自分たちに都合の悪いことを隠すための陽動」だよ。
大統領就任の宣誓を拒否したり、存在しない「ロシア疑惑の偽ファイル」だの「バイデンのタンスーツ事件」だの言ってる間にね。
※ロシア疑惑の偽ファイル:トランプが大統領に初当選した際、ロシアとの共謀関係があったとする『スティール文書』を、トランプ支持者が“バイデン側が捏造した偽の文書だ”と主張していること
※バイデンのタンスーツ事件:オバマ大統領が2014年に淡い色のスーツを着ただけで“政治的メッセージだ”と過剰に深読みされ炎上した『タンスーツ騒動』を皮肉ったジョーク
トランプの行動を批判するたびに「これは陽動だ」って言うやつがいて本当にうんざり。
これは陽動なんかじゃない。単にトランプが戦争を始めようとしてるだけだ。
自分の小さな権力を誇示したいんだよ。前回イランとやり合おうとしたときとまったく同じだ。
いい加減「全部エプスタインファイルの陽動」って決めつけるのやめろよ。
トランプが超法規的に人を殺してる方が、ファイルよりもよっぽど重要だと思うけど。
まあ、どっちもヤバいけどな。どっちがマシかなんて言えない。両方とも最悪だ。
この男をNATOの司令官にしようぜ。
ホワイトハウスの連中が自分たちのコカイン供給にフェンタニルが混ざるのを嫌がってるんだろ。
新しい舞踏場で大勢がオーバードーズなんてしたら、さすがにPR的にまずいからな。
ヒトラーは「他国にいるドイツ人を守るため」と言い訳した。
プーチンも同じ言い訳を使った。
トランプの口実は「麻薬」だよ。
これ、そもそもコカインと関係あるのか?
俺にはただの「ベネズエラ侵攻の口実」にしか見えない。最終的には石油を奪うためだろ。
結局これも「交渉材料」って感じしかしないんだよな。
もし俺があれほど腐敗してて権力を持ってたら、国々を説得して国連の麻薬条約なんか廃止させるね。
それから“コカイン界のリーダー”として君臨するだろうな。
そもそもコカインって大半がコロンビア産じゃないの?
なんかこの話、筋が通ってないよな。
石油のためだよ。
それに、ベネズエラ野党の指導者がトランプを支持してるってこともある。
俺たち、そもそも石油なんていらないんだけどな。
どうせ標的を外して病院を爆撃して、
それでも「南米の麻薬戦争を終わらせた!」ってテレビで何度も何度も言い張るんだろ。
つまりそういうことだ。
トランプは12の戦争を終わらせたとか言いながら、今度は「麻薬との戦争」も終了させるんだろ。
2026年にはもうオーバードーズもなくなる。
治療センターも全部閉鎖して、何十億ドルも節約。
トランプがすべての犯罪を終わらせたんだ。
FOXニュースが特番を組むぞ。
「アメリカにもう犯罪は存在しない!麻薬も地球上から消えた!」
ノーベル賞、確実だな
考察・分析
「麻薬対策」の名を借りた政治的示威
今回のトランプ政権による軍事的圧力は、表向きには「麻薬密輸の取り締まり」とされていますが、実際には政治的なメッセージの発信という側面が強いと見られます。
ベネズエラは主要なコカイン生産国ではなく、密輸ルートの中継地に過ぎません。にもかかわらず、米海軍の空母打撃群を派遣し、CIAに秘密工作を許可するという大規模な動きは、実質的にマドゥロ政権への圧力強化といえます。
アメリカ国内では、こうした行動を「選挙を意識した政治的パフォーマンス」と見る声もあり、軍事的威圧と外交的効果のバランスが問われています。
対立を再生産する構造
マドゥロ政権は経済制裁と国際的孤立のなかで、「反米」を政治的正統性の源として利用しています。
米国の強硬姿勢は、国内向けに「主権を守る闘い」として描かれ、体制の支持をつなぎとめる役割を果たしています。
一方、アメリカ側もベネズエラを「反米陣営の象徴」と位置づけることで、国内政治における強硬外交アピールにつなげています。
こうした構図のもとで、両者は互いに対立を必要としており、結果として問題解決よりも対立の維持が優先される状況が続いています。
南米で再燃する勢力圏争い
ベネズエラは現在、中南米における勢力圏のせめぎ合いの中心にあります。
ロシアは兵器供与や軍事顧問派遣を通じて軍との関係を強化し、中国はエネルギー・通信・インフラ投資を拡大。イランも燃料供給で支援を続けています。
これに対しアメリカは、長年手薄だった中南米政策を再び前面に押し出し、「民主主義と安全保障の防衛」を掲げながら実際には影響力の回復を図っています。
麻薬・民主主義・安全保障という表の言葉の背後には、「西半球でロシアと中国の影響力をどこまで抑えられるか」という戦略的課題が横たわっています。
市民生活への影響と“見えない代償”
最も大きな犠牲を払っているのは、政治や外交とは無関係の一般市民です。
長年の制裁や経済失政によって、物資不足や失業、医療崩壊が慢性化しています。
「麻薬」「独裁」「民主主義」といった言葉の応酬の裏で、生活再建の道筋は見えず、国民の国外流出が続いています。
国際社会が本当に取り組むべきなのは、体制転覆や軍事圧力ではなく、ベネズエラの人々が生活の安定を取り戻せる現実的な枠組みを整えることだといえます。
総括
今回のトランプ政権によるベネズエラへの軍事的圧力は、表面上は麻薬対策を掲げながらも、実際には長年続く対立の再燃と地政学的競争の一環として位置づけられます。
ベネズエラにとってアメリカは「干渉と制裁の象徴」であり、アメリカにとってベネズエラは「反米ネットワークの拠点」です。
この構図が続く限り、対話の余地は狭く、両国関係は不信の連鎖から抜け出せません。
一方で、ロシアや中国の関与が深まるほど、ベネズエラの自立性は失われ、アメリカの圧力が強まるほど市民の生活はさらに疲弊していきます。
この悪循環を断ち切るためには、勢力圏の奪い合いではなく、地域全体の安定と人道的支援を軸にした新しい外交の形が求められています。
今回の空母派遣は、一国の麻薬対策を超え、アメリカ主導の国際秩序がどこまで正当性を保てるかを示す試金石となるでしょう。
それではまた、次の記事でお会いしましょう。
関連書籍紹介
ベネズエラ―溶解する民主主義、破綻する経済
著:坂口安紀(中公選書/中央公論新社)
トランプ政権によるベネズエラへの軍事的圧力を理解するには、同国がどのようにして「民主主義の崩壊」と「経済の破綻」に至ったのかを知る必要があります。
本書『ベネズエラ―溶解する民主主義、破綻する経済』は、その20年にわたる過程を、現地研究の第一人者が詳細に描いた一冊です。
チャベス政権の理想主義がどのようにして腐敗と独裁へと変質し、マドゥロ政権が国家を完全に私物化していったのか。
そして、アメリカとの対立やロシア・中国との接近がどのように生まれたのか。
現在の地政学的緊張の背景を理解するうえで、最も信頼できる日本語の概説書といえます。
混迷の国ベネズエラ潜入記
著:北澤豊雄(わたしの旅ブックス/産業編集センター)
坂口安紀氏の分析書が“構造”を描いた作品だとすれば、北澤豊雄『混迷の国ベネズエラ潜入記』は、“現場の息づかい”を伝える一冊です。
著者はコロンビアを拠点にラテンアメリカを取材してきたノンフィクションライター。政情不安と経済崩壊が進むベネズエラに三度潜入し、市民の暮らしや混乱の実態を記録しています。
物資不足や急激なインフレのなかで、それでも明るく生きようとする人々。
「破綻国家」と呼ばれながらも、街には笑顔と日常がある。
報道だけでは見えない“ベネズエラの素顔”を描き出したルポルタージュです。
トランプ政権の軍事的圧力を背景に、「いま現地で何が起きているのか」を知る補助線としても読める一冊です。
参考リンク
- CNN Politics: Trump considering plans to target cocaine facilities and drug trafficking routes inside Venezuela (2025/10/24)
- Wikipedia: Venezuelan presidential crisis
- CSIS: The Interim Government in Venezuela Was Dissolved by Its Own Promoters
- U.S. Department of State: Venezuela-related Sanctions
- BBC News: Venezuela profile – Timeline
- The Loop / ECPR: Rising Sharp Power in Latin America


