【書評×海外の反応】ユヴァル・ノア・ハラリ『NEXUS』徹底解説 AIは人類を「制御不能な未来」へ導くのか?

連日のように報じられる、OpenAIの「ChatGPT」とGoogleの「Gemini」による熾烈な開発競争。 モデルがアップデートされるたびに性能は飛躍的に向上し、まるでSF映画のような未来が現実のものとなりつつあります。しかし、その圧倒的なスピードに熱狂する一方で、「果たして人類はこの進化を制御しきれるのか?」という漠然とした不安を感じている人も多いのではないでしょうか。

まさにそんな「AI覇権争い」の只中にある今、歴史的な視座を与えてくれる一冊があります。

サピエンス全史』で人類の過去を解き明かし、『ホモ・デウス』で未来を予言した現代最高の知性、ユヴァル・ノア・ハラリ氏。彼が満を持して放った最新作が『NEXUS: A Brief History of Information Networks from the Stone Age to AI(ネクサス:情報の歴史――石器時代からAIまで)』です。

本書は発売直後から、New York Timesのベストセラーリスト入りを果たし、世界中で大きな話題となりました。

なぜ今、テック企業のCEOではなく歴史家であるハラリ氏が「情報の歴史」を語るのでしょうか? そして彼が鳴らす「AIへの警鐘」は、単なる悲観論なのか、それとも私たちが直視すべき真実なのでしょうか。

本記事では、ハラリ氏の過去の著作との関連性を紐解きつつ、本書の核心部分、そしてRedditなどで実際に本を読んだ人々の生の声をご紹介します。


序章:ハラリ・サーガの集大成としての『NEXUS』

まず、本書をより深く理解するために、ハラリ氏がこれまで築き上げてきた「歴史の物語」を少しだけ振り返ってみましょう。彼の著作はそれぞれ独立しているようでいて、実は一つの壮大なサーガ(大河ドラマ)のようにつながっているからです。


1. 『サピエンス全史』――虚構を信じる力

世界中で社会現象となったデビュー作ですね。ここで彼は、私たち現生人類(ホモ・サピエンス)が地球の支配者になれた理由を「認知革命」にあるとしました。私たちは「虚構(フィクション)」――つまり、神様、国家、人権、お金といった実体のない概念――を共有し、信じ込むことができます。これによって、赤の他人同士でも数億人規模で協力できるようになったというわけです。


2. 『ホモ・デウス』――神になる人類

第2作では、視点を未来へと向けました。飢餓、疫病、戦争をある程度克服した人類は、次に「不死」と「幸福」を目指し、自らを神(デウス)へとアップグレードしようとします。しかし、そこで台頭するのは「データ至上主義」です。人間の自由意志はアルゴリズムに取って代わられ、私たちは巨大なデータ処理システムの一部になってしまうかもしれない……そんな衝撃的な未来図が描かれました。


3. 『21 Lessons』――現在の危機

第3作は、今、目の前にある危機に焦点を当てました。テロ、気候変動、ポスト・トゥルース(脱真実)。混乱する現代社会において、私たちは何を考えるべきかという「問い」が投げかけられました。


そして、『NEXUS』の位置づけ

では、今回の『NEXUS』はどこに位置するのでしょうか? それは、「過去」と「未来」をつなぐミッシングリンクの解明です。『サピエンス全史』で語られた「虚構」が、具体的にどのような「情報のネットワーク」を通じて拡散し、強化されてきたのか。そして、そのネットワークの進化の果てに生まれたAIという存在が、なぜ『ホモ・デウス』で描かれたような危機を招きうるのか。

本書は、情報の歴史を「石器時代からAIまで」俯瞰することで、私たちが今、歴史的な分岐点に立っていることを突きつけてきます。


第1部:情報のパラドックス――「真実」対「秩序」

多くの人々は、情報を「現実を表すもの(真実)」だと素朴に考えています。「情報が増えれば、私たちはより賢くなり、真実に近づけるはずだ」と。 しかし、ハラリ氏はこの「素朴な情報観」に疑問を投げかけます。

彼によれば、歴史上、情報のネットワークが構築されてきた主な目的は「真実(Truth)」の追求ではありません。「秩序(Order)」の維持なのです。


聖書と魔女狩り

ハラリ氏が例として挙げるのが、中世の教会や聖書の編纂です。これらが広められたのは、必ずしも宇宙の物理的な真理を記述するためではなく、社会を統合し、人々を一つの規範に従わせるという「秩序」を作るためでした。

また、15世紀後半の活版印刷技術の発明は、一般的に「知識の解放」として称賛されます。しかし、印刷技術が初期にもたらしたのは科学革命だけではありません。ハラリ氏は、この技術が『魔女に与える鉄槌』のような魔女狩りのマニュアル本を広く流通させた事例にも触れながら、印刷技術が“知の解放”だけでなく、社会的な混乱と熱狂(ある種の秩序)も増幅しうることを指摘しています。印刷技術という強力な情報ネットワークは、必ずしも真実だけを運ぶわけではないのですね。


官僚制とファイル

ハラリ氏は、ローマ帝国や中国の官僚制にも言及しています。官僚制とは巨大な情報処理システムです。そこでは、個別の現場の真実よりも、書類上の形式(秩序)が優先されることがあります。書類に書かれたことが「公式な事実」となり、現実を上書きする力を持つのです。


「真実」と「秩序」のトレードオフ

本書を貫く重要なテーマはこれです。「真実と秩序は、しばしば対立する」。 真実は複雑で、あいまいで、扱いづらいものです。一方、秩序のためには、シンプルで、力強く、わかりやすい物語が必要です。ナチズムやスターリニズムといった全体主義は、真実を犠牲にして、極めて強固な秩序を作り上げた情報ネットワークの極致と言えるでしょう。

ハラリ氏はこう警告します。「情報のネットワークが強力になればなるほど、真実は圧殺されやすくなる」

そして今、人類史上最も強力な情報ネットワークが登場しました。それがAIです。


第2部:AIという名の「エイリアン」

ハラリ氏は本書の中で、AIを過去のいかなる情報技術(印刷機やラジオ、インターネット)とも区別しています。これまでの技術は、あくまで人間が使う「道具」でしたが、AIは質的に異なると主張しています。


道具か、エージェントか

ハラリ氏は、AIを“単なる道具”ではなく、人間社会の中で自律的に振る舞う『エージェント』として捉えるべきだと論じています。もちろん、AIに人間のような「意識」があるかどうかは別問題です。しかし、AIは自ら決定を下し、新しいアイデアを生み出し、物語を生成することができる点において、受動的な「本」や「ラジオ」とは決定的に異なります。

金融市場において、AIは単にデータを分析するだけでなく、自ら取引を行い、市場を動かす決定を下すことができます。SNSにおいて、AIアルゴリズムはユーザーの感情を分析し、エンゲージメントを最大化するという目的のために、特定のコンテンツを拡散させる判断を行っています。


「シリコンのカーテン」

ハラリ氏が特に懸念するのは、AIの意思決定プロセスが人間には理解不能なブラックボックスになりつつある点です。彼はこれを「シリコンのカーテン」と呼んでいます。 かつて鉄のカーテンの向こう側で何が起きているか分からなかったように、私たちはシリコンのカーテンの向こう側で、AIがどのような論理で私のローン審査を落としたのか、なぜこのニュースを私に見せているのかを知る由もありません。


民主主義のハッキング

民主主義は「会話」と「議論」によって成り立つ情報ネットワークです。しかし、そのネットワークの中に、人間よりも遥かに高速で、疲れを知らず、特定の目的のために言葉を操る「非人間的な知性」が大量に流入したらどうなるでしょうか? ハラリ氏は、AIが人間の親密な関係性に入り込み、私たちの政治的信条や購買行動を操作する未来を危惧しています。それは、民主主義というOS(基本ソフト)がハッキングされる事態に他なりません。


それでは、実際にこの本を読んだ海外の人々はどう感じているのでしょうか。大手掲示板Redditのスレッドから、具体的なコメントを抜粋・翻訳してご紹介します。

絶賛する声、エンジニア視点からの納得、そして批判的な意見に対する議論など、生々しい反応をご覧ください。


第3部:海外の反応

以下はスレッド内のユーザーコメントの抜粋・翻訳です。


ここまでのところ本当にすごい。本気で自分の思考を揺さぶる本に出会うのは何年ぶりだろう。哲学書は数多く読んできたけれど、この本にはその要件がすべて揃っている。


Audibleで発売数日後に買った。毎日聴いているけど、まだ5章の最初にいる。なぜかというと、何度も繰り返し聴かずにはいられないから。どの章も聴き直したくなるし、30秒戻しボタンも頻繁に押している。

1章を終えた時点で「これは大人になってからずっと探していた本だ」と感じた。複雑な概念をここまで明確に説明できるのは驚異的だ。
感覚としては、自分がずっと理解されずにいた部分を見抜かれたような気持ちだった。
自分は30歳で子どもが2人いるけれど、この本だけは、将来巣立つ前に必ず読ませたいと思える。 ハラリが時間をかけて知見を書き残してくれたことに心から感謝している。
彼の頭脳は宝物だ。ありがとう、ハラリ。


今日はちょうど読み終えた。そして同じ日にこのサブを見つけた。どちらも本当に良かった。

『Nexus』を読む直前に『サピエンス全史』をAudibleで聴いたんだけど、あれは本当に圧倒的だった。
自分はコンピュータエンジニアとして長年働いていて、退職前は財務省で企業のソフトウェア契約を監査していた。そこで「コード偏重でデータを軽視する傾向」が気になっていた。
ハラリは、洞窟時代からLLMまで、人類の系譜を“コミュニケーション”でつないでみせた。これは圧巻だ。 エピローグで、彼が「自分はエンジニアではなく歴史家だ」と述べていたのも印象的だった。むしろそれが、この本の価値を一層高めている。

それにしても、技術の進歩の速さは本当に恐ろしい。 怖いか? 怖いよ、もし最終判断をAIに丸投げしてしまうなら。
でも、社会として人間が最終的な制御を維持できるならまだ希望はある。 それ以上に怖いのは、民主主義が権威主義へ変質していくプロセスを、彼が非常に的確に描いている点だ。


海外の反応の続きはnoteで読むことが出来ます。


第4部:解決策はあるのか?――退屈な「官僚制」の重要性

ハラリ氏の著書はしばしば「絶望的な予言」で終わることが多いですが、『NEXUS』には一応の処方箋が提示されています。 それは意外なことに、「官僚制(Bureaucracy)と制度の再評価」です。

ハラリ氏は「真実はもろい」と語ります。だからこそ、真実を守るための強固な制度が必要なのです。
科学的な査読システム、裁判所の手続き、ジャーナリズムの裏取り取材。これらは面倒で、時間がかかり、退屈です。しかし、この「遅さ」と「手続き」こそが、暴走する情報の奔流(あるいはAIの超高速な処理)から人間性を守る防波堤になるといいます。

「自己修正機能を持った制度」こそが重要であり、AIという「超高速なエージェント」に対抗するためには、人間が作り出したチェック・アンド・バランス(権力の抑制と均衡)の仕組みを、AI時代に合わせてアップデートし、適用するしかないと彼は訴えています。


総括:私たちはどのような「ネクサス」を選ぶのか

『NEXUS』は、決して「AIは悪だ」と断じる本ではありません。しかし、「AIは放っておけば勝手に社会を良くしてくれる」という楽観論に対し、歴史的な事例を突きつけて再考を促す一冊です。

ハラリ氏が描く情報の歴史は、常に「力(Power)」の歴史でした。 かつて情報ネットワークが王様の権威を正当化したように、今、AIという至高の情報ネットワークが、誰に「力」を与えようとしているのでしょうか?

本書を読み終えたとき、読者の皆さんは自分のスマホの画面を見る目が少し変わるかもしれません。そこに映るのは、便利なツールなのか、それとも私の思考に介入しようとするエージェントなのか。

もしあなたが、日々のニュースの洪水に溺れそうになっているなら、あるいはGeminiやChatGPTの急速な進化に得体の知れない不安を感じているなら、『NEXUS』は間違いなく読むべき一冊です。そこには、混沌とした現代を生き抜くための、冷徹な「地図」が描かれています。


個人的に興味深かったのは、ハラリ氏が日本の歴史(特に徳川時代の情報統制と平和の関係など)をどう文脈に組み込んでいるかという点です。
彼は以前から、中央集権的な情報管理が「秩序」をもたらすが「停滞」も招く例として日本史を参照することがあります。今回どのように扱われているかは、ぜひ実際に手に取って確かめてみてほしいですね。

結局のところ、AIが神になるか悪魔になるかは、それを使う私たちが、どれだけ「賢明な制度」を作れるかにかかっています。技術の問題というよりは、政治と哲学の問題なのだと感じました。

それではまた、次の記事でお会いしましょう。



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