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米国のドナルド・トランプ大統領は1月21日、デンマーク自治領グリーンランドを巡る問題を背景に示唆していた欧州諸国への追加関税措置を見送る方針を明らかにした。
北極圏の安全保障を巡り、欧州連合(EU)およびNATO諸国との協議が進展したことが理由だとしている。
トランプ大統領は今月中旬、グリーンランドの戦略的重要性を強調し、十分な協力が得られなければ欧州からの輸入品に関税を課す可能性に言及していた。この発言を受け、EU側では報復措置を含む対応が検討され、米欧間の緊張が高まっていた。
その後、スイスで開かれた世界経済フォーラム(ダボス会議)で、トランプ大統領はNATOのマーク・ルッテ事務総長と会談。会談後、関税措置は実施しない考えを示し、北極圏の安全保障や防衛協力を巡る「将来の枠組み」について協議を継続することで一致したと説明した。
関税見送りにより、米欧間の通商摩擦はひとまず回避された形だが、グリーンランドを含む北極圏戦略を巡る調整は今後も続く見通しとなっている。
出典:Reuters
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補足説明
前回のグリーンランド記事のおさらいと、今回までの経緯
前回の記事では、米国のドナルド・トランプ大統領が、デンマーク自治領グリーンランドについて強硬な発言を行い、欧州との緊張が一気に高まった状況を整理しました。
トランプ大統領は1月上旬、グリーンランドを「国家安全保障上、不可欠な地域」と位置付け、取引による解決ができない場合には「他の手段を取らざるを得ない」と発言しました。
ホワイトハウスも、軍事的選択肢を含め「あらゆるオプションが検討対象にある」と説明し、同盟国に対する武力示唆として欧州各国に強い衝撃を与えました。
前回の記事で強調した通り、この問題は単なる領土取得や不動産取引の話ではありません。
争点となっていたのは、北極圏における軍事的監視体制、航路、資源、そして同盟秩序を誰が主導するのかという、より大きな構造的問題でした。
軍事的示唆から通商圧力へ
その後、事態はさらに一段階進みます。
トランプ大統領は、グリーンランドを巡る協力が得られない場合、欧州諸国からの輸入品に関税を課す可能性に言及しました。
これにより、問題は安全保障の枠を超え、米欧間の通商摩擦へと発展します。
欧州連合では報復関税や通商協定の見直しを検討する動きが表面化し、NATO加盟国同士の対立が同盟全体に与える影響を懸念する声が強まりました。
同盟国に対して軍事的示唆と経済的圧力が同時に示されたことで、今回の問題は「北極圏の戦略」だけでなく、「同盟秩序そのもの」を揺るがす事態として受け止められるようになります。
ルッテ事務総長という「調整役」の存在
今回の転換点を語る上で欠かせないのが、NATO事務総長であるマーク・ルッテ氏の存在です。
ルッテ氏は、オランダ首相時代からトランプ氏と比較的良好な関係を築いてきた政治家として知られています。
トランプ政権1期目においても、NATO首脳会合などの場で、トランプ氏の強硬な発言を正面から否定するのではなく、面子を保ちながら同盟の枠内に引き戻す役割を果たしてきました。
今回の会談でも、トランプ氏が強調してきた「安全保障」や「北極圏の重要性」という言葉を、NATO全体の防衛協力という文脈に組み替えることで、対立をエスカレートさせずに収束へ導いたと見られています。
ダボス会議での転換点
こうした関係性を背景に、スイスで開かれた世界経済フォーラム(ダボス会議)で両者は会談しました。
トランプ大統領は会談後、北極圏の安全保障を巡る「将来の枠組み」について協議が進んでいると説明し、欧州への関税措置を実施しない考えを表明します。
これにより、米欧間の通商摩擦はひとまず回避され、事態は緊張緩和の方向へと転じました。
今回の関税撤回の位置付け
今回の動きを整理すると、
・軍事的示唆
・通商圧力
・同盟内での調整
という段階を経たうえで、衝突を回避する判断が下された形になります。
ただし、北極圏を巡る戦略的利害や、グリーンランドをどのように位置付けるのかという根本的な問題が解消されたわけではありません。
そのため、海外では「本当に新しい合意があったのか」「単なる面子を保つための後退ではないのか」といった疑問の声も多く上がっています。
次に紹介する海外の反応では、こうした疑念や不信感が、より率直な言葉で語られています。
海外の反応
以下はスレッド内のユーザーコメントの抜粋・翻訳です。
軍の上層部が拒否、国民の9割が反対、共和党ですら弾劾という言葉を使い始めていた。
債券売りなどの経済的影響もあった。
行き過ぎたと理解して引き下がったんだろう(TACOだから)。
ヨーロッパ側の話を聞く限り、実際の新しい合意なんて存在しない可能性が高い。既存の合意を「新しいものだ」と言い張るだけだろう。
ただ、ヨーロッパやカナダにとっては安心していい話じゃない。軍事面ではアメリカ離れを進める必要がある。
彼はいずれまた同じことをやる。そして今回の件は、アメリカが信頼できない国だと示した。
運が良ければ、あと1年で首輪が付く。
完全に排除はできないが、民主党が下院を取れば
少なくともあのTACO的な振る舞いは止められる。
上院も取らない限り無理だ。
「下院だけ取って上院は取れない」状況は前にも経験したが、
あまり意味はなかった。
そもそも3年後に選挙があるかどうかも分からない。
一度クーデターを試みた人間だ。
次は選挙後じゃなく、選挙前にやるだろう。
おそらく最良の結末だ。
面子が保たれたから、傷ついた自尊心でさらなる問題を起こさずに済む。
世界は先に進める。
最大の皮肉は、
「強硬姿勢で今までなかったものを勝ち取った」
と彼らが祝うことだろう。
しかしその裏で、こうしたパフォーマンスがアメリカの信用、ソフトパワー、経済的地位をどれほど破壊したかは無視される。
ヨーロッパでは、南米、インド、中国との貿易に対するためらいが溶け、
反米感情が固まる音が聞こえるほどだった。
彼が引き下がったからといって、それは消えない。
彼はいずれ、取り返しのつかないことをやる。
しかも、かなり近いうちに。
グリーンランドは、そもそもその協議の対象ですらなかった。
NATOは主権国家の代わりに決定できない。
これは単なる緊張緩和だ。
それ以上でも以下でもないと願っている。
第二次世界大戦の終わりまでに、アメリカはグリーンランドに17の軍事基地を持っていた。
冷戦期を通じてその大半を維持していたし、中東の石油に軸足を移すまで、北極圏の安全保障は優先事項だった。
今でもアメリカはグリーンランドに基地を持っているし、実戦的に北極圏で戦える部隊は1部隊しかない。
トランプのグリーンランド観は、本当に意味不明だ。
侵攻や占領が必要だという結論に至る唯一の説明は、ロシアのプロパガンダを直接吹き込まれている場合だけだ。
位置的価値もレアアースも、公正な対価を提示して丁寧に交渉すればすでにアメリカは手に入れられた。 エネルギー市場に参入したいなら、トランプは何も言わず何もしなければよかっただけだ。
しかも皮肉なことに、彼が執着している鉱物の主用途は、アメリカが強引な手段で守ってきた石油産業の利益と正面から衝突する。
トランプは、それを何に使うか一度も説明していない。
計画がない。ただ欲しいだけだ。
中国がレアアースを武器に圧力をかけたからだ。
トランプは、「二度とそんな真似をするな」と中国に示したかった。
ただ彼は、磁石を掘り出せばすぐ使えるわけじゃない、ということすら理解していない。
おそらく、すでに存在しているのは1951年の条約だろう。
「アメリカ合衆国政府は、第2条3項に基づき責任を負うグリーンランドの防衛区域について排他的管轄権を行使する権利を有する」 というやつだ。
トランプは「管轄権」という言葉遊びを使って、新しい合意があるかのように見せているだけだ。
ルッテはNATO事務総長だから、グリーンランドについて何かの条約を結べる立場じゃない。
何か別の話か、もしくはルッテがトランプに嘘をついたかだ。
また欧州の誰かが、『中古品』を新品の箱に入れて売りつけただけだ。
ルッテは一期目からずっとこのやり方でトランプを扱っている。
彼を持ち上げ、実はすでに持っていたものを「新しく得た」と信じ込ませ、 それをトランプの勝利として売り出す戦略を与える。
ルッテは嫌いだし、
どこに行っても混乱を残す男だと思っている。
でも火には火で対抗するしかない。 この手の扱いは本当に上手い。
考察・分析
1.撤回の真相:「勝利の演出」か、貿易戦争への「恐怖」か
今回の焦点は、トランプ大統領がグリーンランドを巡って欧州への関税を示唆しながら、ダボスでのNATO事務総長マーク・ルッテ氏との会談後に矛を収めた点です。
ここで重要なのは、撤回の理由が「善意」でも「方針転換」でもなく、複数の制約が同時に働いた結果として理解した方が全体像が見えやすいことです。
第一に、関税という手段は即効性がある一方で、同盟国を直接的に痛めつけるため、相手側が対抗策を取りやすい武器です。
今回も欧州側は報復の議論や、米欧の貿易案件の棚上げといった反応を示し、対立が通商全体に波及するリスクが目に見える形で高まりました。関税が現実化すれば、グリーンランド問題は北極圏の安全保障を超え、米欧関係そのものを巻き込む貿易戦争の局面に入ります。
第二に、グリーンランドはデンマーク自治領であり、デンマークはNATO加盟国です。ここで強硬策が続けば、「同盟国に圧力をかけて譲歩させる」という構図がNATO内部に持ち込まれ、同盟の意思決定を不安定化させます。トランプ大統領が言うように北極圏の安全保障を重視するのであれば、同盟の結束を壊す手段は本来、合理的ではありません。
結果として今回の撤回は、トランプ側が「北極圏での枠組み協議」という形で体面を保ちつつ、通商戦争の入口で踏みとどまった動きと位置付けるのが現実的です。
2. 影の主役ルッテ事務総長:「中身のない合意」で危機を救った手腕
今回の展開では、ルッテ氏の存在を抜きに語れません。ルッテ氏は首相時代からトランプ氏との関係が比較的良好で、対立を正面から煽るよりも、相手の面子を保ちながら実利の着地点に誘導するタイプの政治家として見られています。
ここでポイントは、NATO事務総長が「グリーンランドの主権」そのものを動かせる立場ではないことです。NATOは主権国家や自治政府の代わりに領土処分を決められません。にもかかわらず、トランプ側が「将来の枠組み」と言える余地が生まれたのは、枠組みの中身を領土問題ではなく、北極圏の警戒監視、協力、投資リスク管理などの安全保障領域に寄せたからです。
つまりルッテ氏の機能は、何か新条約を作ったというより、危機を「同盟の協力議題」に再パッケージし、関税という外側の火種を消す調整役に徹した点にあります。これは、今回の撤回がグリーンランドの問題解決というより、NATOの内部崩壊を避ける危機管理だったことを示唆します。
3. 「新しい合意」の曖昧さが、逆に次の火種になる
海外の反応でも目立ったのは、「そもそも新しい合意などないのではないか」という疑念でした。ここには現実的な背景があります。
北極圏の安全保障協力は以前から議題であり、米国はグリーンランドに軍事拠点を持ち、早期警戒や監視の要として運用してきました。したがって、もし今回の枠組みが「既存協力の延長」に近い内容であれば、欧州側から見れば「何も新しいものは渡していないのに、トランプが勝利演出に使っている」ようにも映ります。
一方で、曖昧なまま「米国のアクセスが拡大した」と語られること自体が、デンマークやグリーンランド側には政治的負担になります。自治政府の立場からは、主権や自己決定の線引きを国内外に示し続けないと、内政的に不信を招きます。結果として、合意の曖昧さは、短期的には沈静化に寄与しても、中期的には説明責任の問題として再燃しやすい構造です。
4. 関税の示唆が欧州に残したのは「経済被害」より「信頼の損傷」
関税が実施されなかった以上、直接の経済被害は限定的です。しかし政治的な傷は残ります。
欧州から見れば、同盟国が安全保障上の議題で意見が合わないときに、通商制裁をちらつかせるという前例が作られかけました。これは「安全保障と貿易のリンク」を強制的に進める手法であり、相手側は長期的に依存を減らすインセンティブを持ちます。実際、欧州では対米依存の見直しや、対外的圧力への対抗手段の議論が加速しやすくなります。
この意味で、今回の撤回は問題の終結ではなく、欧州側が「次に同じことが起きる」前提で備えるきっかけになった可能性があります。海外SNSのコメントで「今後も繰り返すだろう」という警戒が多かったのは、この文脈と合致します。
5. 北極圏の本丸は「軍事」だけではなく、投資と供給網の管理
グリーンランドの戦略価値は、地理的位置だけでなく、将来の資源とインフラを誰が握るかにもあります。ただし前回記事で整理した通り、レアアースは「埋蔵量がある」だけでは意味がありません。環境規制、採掘に伴う放射性物質への懸念、インフラ整備、精錬能力、輸送網がそろわなければ供給網として機能しません。
ここで現実的に効いてくるのは、鉱山そのものの権利よりも、外資規制や投資審査、港湾や通信、空港などのデュアルユース(軍民両用)インフラの管理です。今回の「枠組み」が仮に存在するとすれば、主権移転ではなく、こうした投資や安全保障協力の方向で語られている可能性が高いと考えられます。
6. 日本への警告:「同盟国でも関税」のリスクは他人事ではない
日本は北極圏の当事者ではないように見えますが、今回の件が投げかけた問いは日本にも刺さります。
第一に、同盟関係が政治の都合で通商圧力と結び付けられるリスクです。安全保障上の協力と貿易の論点が絡み始めると、外交の安定性は下がります。日本も米国との交渉で、別の議題が突然リンクされる可能性を常に織り込む必要があります。
第二に、資源や重要鉱物の供給網は北極圏だけの話ではなく、あらゆる地域で同じ構図が起きます。重要鉱物は産地の確保より、環境規制、加工、物流、資本の流れを含めた総合戦であり、日本は供給網の多角化と備蓄、加工能力の確保を現実的に積み増していく必要があります。
第三に、今回のような危機が起きたとき、衝突を止めるのは制度そのものではなく、関係性と調整力だった点です。ルッテ氏のような調整役が機能するかどうかで、同盟の揺れ方が変わります。日本外交にとっても、制度論だけでなく、調整役をどう確保するかは無視できない論点になります。
総括
グリーンランド関税撤回が示した現実
今回の関税撤回は、グリーンランドを巡る問題が解決したことを意味するものではありません。
むしろ、北極圏という戦略空間において、軍事、安全保障、通商、同盟関係がどれほど不安定に結び付いているかを浮き彫りにしました。
トランプ大統領は、軍事的示唆から通商圧力へと段階的にカードを切り、最終的にはNATOの枠組みの中で矛を収めました。しかしその過程で、同盟国であっても政治判断次第で圧力の対象になり得るという疑念が、欧州側に強く刻まれています。関税は実施されませんでしたが、信頼の損傷は残りました。
今回の緊張緩和を支えたのは、明確な新合意というより、関係性と調整力でした。
ルッテ事務総長の役割は、問題を解決することではなく、衝突を制度の外にこぼれ落とさないことにありました。一方で、「将来の枠組み」の中身が曖昧なままである以上、主権や自己決定を巡る政治的緊張は今後も続く可能性があります。
グリーンランド問題は領土の話ではありません。
誰が北極圏のルールを作り、どこまで力を行使できるのかという問いは、今回先送りされたに過ぎず、消えたわけではないのです。
それではまた、次の記事でお会いしましょう。
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関連書籍紹介
1. トランプ氏がなぜグリーンランドに執着するのかを知る一冊
『ジョン・ボルトン回顧録 トランプ大統領との453日』
(ジョン・ボルトン 著 / 朝日新聞出版 / 2020年10月7日発売)
「トランプがグリーンランドを買いたがっている」──2019年、最初にこのニュースが流れた時、世界は悪い冗談だと思いました。 しかし本書を読めば、それが単なる思いつきではなく、彼にとって大真面目な「不動産案件」であったことが分かります。
当時の大統領補佐官だったボルトン氏が描くのは、同盟国を「大家と店子」の関係でしか見ず、安全保障すら取引の材料にするトランプ氏の強烈な実像です。
今回の騒動は突発的なものではなく、過去から続く執念の再燃であることを理解するための、これ以上ない「証拠物件」と言える一冊です。
2. エネルギー転換が招く「新たな資源戦争」を解き明かす決定版
『新しい世界の資源地図――エネルギー・気候変動・国家の衝突』
(ダニエル・ヤーギン 著 / 東洋経済新報社 / 2022年1月28日発売)
なぜ米国はグリーンランドの氷の下にある鉱物を欲しがり、中国はレアアースを武器にするのか。 ピューリッツァー賞受賞のエネルギー専門家が描く本書は、世界が「石油」から「グリーンエネルギー」へ移行することで、かえって重要鉱物を巡る地政学的な衝突が激化する現実を浮き彫りにしています。
トランプ氏が重視するエネルギー覇権と、欧州が進める脱炭素。 その狭間でなぜ北極圏が戦略的な要衝となるのか、その背景にある「地図の書き換え」を深く理解できる一冊です。
管理人のインプットツール
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