2025年ノーベル医学賞、坂口志文氏らが受賞 免疫の“ブレーキ”制御性T細胞の発見が世界を動かす

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米国の科学者 Mary Brunkow、Fred Ramsdell と日本の坂口志文(Shimon Sakaguchi)が、2025年ノーベル生理学・医学賞を共同受賞したと発表された。彼らの研究は、免疫系が自己の細胞を攻撃しないよう制御する仕組み、すなわち「末梢免疫寛容(peripheral immune tolerance)」に関するものである。

ノーベル賞選考機関であるスウェーデン・カロリンスカ研究所は、3名の受賞者が「免疫システムにおいて過剰反応を抑制し、それでも感染症と闘えるようにするメカニズム」に関する発見を明らかにした点を評価したと報じている。

坂口は大阪で開催された記者会見で、この受賞を受けたことに驚きを表し、「さらなる発展や臨床応用につながれば報われるかもしれない」と語った。記者会見中、首相から直接祝電の電話を受ける場面もあった。

今回の賞金は 1,100 万スウェーデンクローナ (約 120 万ドル相当) で、金メダルも授与される。

受賞対象となった研究は、白血球の一種である制御性 T 細胞(regulatory T cells)が、免疫応答を抑制する「ブレーキ」機能を持つことを示したというもので、がんや自己免疫疾患の新たな治療法の開発につながる可能性があるとされている。

出典:Reuters


補足説明

ノーベル生理学・医学賞とは

ノーベル賞は、スウェーデンの化学者アルフレッド・ノーベルの遺言(1895年)に基づき、1901年に初めて授与された国際的な賞で、「人類に最も貢献した人物」に贈られるものです。
物理学賞、化学賞、生理学・医学賞、文学賞、平和賞、経済学賞の6分野があり、毎年10月に受賞者が発表されます。

このうちノーベル生理学・医学賞は、人間の生命や健康に関する理解を深め、医療の発展に寄与した研究者を称えるものです。
過去にはペニシリンの発見(1945年)、DNAの二重らせん構造(1962年)、免疫チェックポイント阻害の研究(2018年・本庶佑氏)などが選ばれています。


「末梢免疫寛容」と制御性T細胞の発見

今回の受賞テーマである「末梢免疫寛容(peripheral immune tolerance)」とは、簡単に言えば「免疫システムが自分自身を攻撃しないように制御する仕組み」です。私たちの体にはウイルスや細菌を排除する免疫細胞がありますが、時にそれが暴走すると、自分の細胞や臓器を“敵”とみなして攻撃してしまいます。これが自己免疫疾患です。

坂口志文氏らの研究は、この暴走を防ぐ「ブレーキ役」を果たす制御性T細胞(Regulatory T cells, Tregs)の存在を世界に先駆けて明らかにし、その働きや分子基盤を解明したものです。
Tregは免疫応答を抑制し、体のバランスを保つ役割を持っています。これにより、関節リウマチや1型糖尿病などの自己免疫疾患の理解が飛躍的に進みました。

一方で、この“免疫のブレーキ”はがん治療にも深く関係しています。
Tregは過剰な免疫反応を抑える一方で、がん細胞に対しても同じようにブレーキをかけてしまうことがあり、がんが免疫から逃れる原因の一つにもなっています。
このため、現代のがん免疫療法(免疫チェックポイント阻害薬など)では、免疫系の“ブレーキ”を部分的に解除して、Tregによる抑制を含めた免疫全体の活性を高め、がん細胞に対抗する力を引き出すというアプローチが取られています。

こうした研究の積み重ねにより、免疫学は「敵を倒す」だけでなく、「必要に応じて抑える」という新たな段階に進みつつあります。
坂口氏らの発見は、その基礎を築いた極めて重要な成果といえます。


海外の反応

以下はスレッド内のユーザーコメントの抜粋・翻訳です。

免疫学に詳しくない人向けに、ノーベル財団が出しているPDF(https://www.nobelprize.org/uploads/2025/10/advanced-medicineprize2025.pdf)がわかりやすいですよ。


シェアありがとう。免疫学者ではないけど、この分野の周辺で働いてるから、コーヒー片手に読むのが楽しみだ。


これから自己免疫疾患のことを “ホラー・オートトキシカス(自己破壊の恐怖)” と呼ぶことにするよ。
まさにそういう病気だから。
素晴らしい受賞だ。


Treg細胞を「免疫学の新入り」として習ってたのがついこの前のようだ。時が経つのは早いな。


またしても「生理学・医学賞」という名前が形骸化してる年になったな。
実際の臨床的なブレークスルーは無視され、基礎生理学ばかりが評価されている。
大動脈弁置換術(TAVI)、嚢胞性線維症を劇的に変えたCFTR治療、脳梗塞の血栓除去手術——いずれもノーベル賞はまだなし。
その現実をしっかり受け止めるべきだよ。


医学の知識なんてないただの一般人なんですが、心臓移植を受けた身として免疫寛容には興味があります。
この研究や、他の科学的成果によって、いつか体が移植された心臓を「自分のもの」として受け入れるよう“だませる”ようになる可能性はありますか?
そうなれば、薬をやめられる日が来るかもしれないと思って……。


もし臓器移植で新しい臓器を受け入れるように免疫系を“訓練”できるようになれば、本当に素晴らしい。
今のように免疫システムを薬で叩き潰して抑え込むやり方じゃなくてね。


ほんとそう。まだ理想の段階には遠いけど、こういう分野で働いてる人たちのおかげで進歩してるんだと思う。


拒絶反応をなくすには、制御性T細胞を移植臓器の遺伝子情報と結びつける必要があるんじゃないかな。
患者の免疫系と移植臓器を“つなぐ”形で、個別に作られたTreg細胞を生成するようなアプローチだね。


ここ数年聞かなくなったけど、デューク大学のチームが乳児を対象に「胸腺と心臓の同時移植」をやってたはず。
免疫抑制剤を完全にやめられるようにするのが目的だった。


誰か教えてほしいんだけど、今回のノーベル賞の受賞理由って具体的に何?
制御性T細胞とFoxP3遺伝子のことは、以前に習った気がするんだけど。


それを授業で習ったのは何年?
ノーベル賞って、発見から何十年後に評価されることも多いからね。
私の免疫学の授業でも、特に上級課程では最新の研究を取り入れてたから、教授が当時から最新動向を追ってたのかも。


2017年か2018年くらいだったと思う。もう結構前だね(笑)。
ノーベル賞って何十年も後に出ることもあるんだね。
当時はすでに定説だと思ってたけど、実は最近の発見だったと知って驚いたよ。
ある意味、リアルタイムで歴史を学んでたってことだね(笑)。


考察・分析

今回のノーベル生理学・医学賞は、単に個人の功績を称えるものではなく、「現代科学の方向性そのものを映す鏡」とも言えます。
2025年の受賞テーマ「末梢免疫寛容」は、直接的な治療法や医療機器ではなく、生命の基本原理を明らかにした純粋な基礎研究
です。
こうした選考傾向は、ここ10年ほど顕著になっています。

基礎研究への回帰と「原理の重み」

ノーベル生理学・医学賞は近年、「臨床的なブレークスルー」よりも「生命の仕組みそのものを解き明かす発見」に焦点を移しています。
たとえば2016年の大隅良典氏(オートファジー)、2021年のPiezo受容体、2022年の古代DNA解析など、いずれも医学の応用よりも“原理の理解”を評価したものでした。

今回の坂口志文氏らの受賞もその延長線上にあります。
免疫学という分野は、がんや感染症など実際の治療とも深く関わっていますが、今回評価されたのは「免疫がなぜ暴走せずに自己を守るのか」という根本的問いへの答えです。
つまり、「すぐ役立つ研究」ではなく、「人類の知識体系を更新する研究」こそが、今のノーベル賞が重視している方向性なのです。

日本科学界の再評価と「国際的連携」

この受賞は、日本の基礎医学研究の底力を示す象徴的な出来事でもあります。
日本の科学研究はしばしば「応用力に欠ける」と批判されますが、坂口氏のように長期にわたって免疫の仕組みを追い続けた研究者が、国際的評価を受けたことは大きな意味を持ちます。
実際、今回のノーベル賞はアメリカのブランコウ、ラムズデル両氏との共同研究として授与されており、「日米の学術協働が世界の生命科学を動かしている」という構図を明確に示しています。

さらに、受賞研究がもたらす波及効果は政治・経済の文脈にも及びます。
免疫寛容の理解は、がん治療、移植医療、自己免疫疾患の新薬開発に直結しており、医薬品市場では莫大な経済的インパクトを持ちます。
特に日本国内では、京大や理研、医薬系スタートアップなどがTreg細胞を利用した新治療の開発を進めており、今回の受賞が「研究費や投資を呼び込む追い風」になる可能性もあります。

ノーベル賞が映す世界の科学観

一方で、Redditなど海外SNSでは「また基礎研究か」「臨床を軽視している」といった声もありました。
確かに、TAVI(経カテーテル大動脈弁置換術)やCFTR治療など、臨床現場で人命を救っている技術が未受賞であることに不満を持つ声も少なくありません。
しかし、ノーベル賞の本質は「発明」ではなく「発見」、すなわち人類の知識を根底から変える発見にあります。
坂口氏らの業績は、その定義に極めて忠実なものでした。

科学は今、「役に立つ研究」と「真理を追う研究」という二つの価値観のあいだで揺れています。
今回のノーベル賞は、そのバランスがどちらに傾きつつあるのかを明確に示す出来事でもありました。
そして、日本発の基礎医学研究が再び世界の中心に返り咲いたことは、“短期的な成果ではなく、長期的な探究を支える科学の在り方”を改めて問い直す契機にもなっています。


総括

2025年のノーベル生理学・医学賞は、現代社会が見落としがちな問い――「なぜ人間の体は自分を攻撃しないのか」という根源的テーマに光を当てました。
それは、治療法や技術の先にある“生命のしくみそのもの”への理解を深める試みであり、人類の知的探究心の原点とも言えます。

坂口志文氏の発見した制御性T細胞は、免疫の暴走を防ぎ、時にはがん治療にも関わる複雑な存在です。
「免疫を抑えること」もまた人を守る――その逆説は、科学が単なる“役立つ学問”ではなく、人間そのものを見つめ直す営みであることを思い出させてくれます。

SNSでは「臨床を軽視している」といった批判もありましたが、ノーベル賞が示したのは即効性ではなく持続する知の価値でした。
100年後の医学が今より進歩しているとすれば、その礎にはこうした静かな発見があるでしょう。

科学の本質は、目に見える成果だけでなく、「なぜ」「どうして」という問いを諦めない姿勢にこそ宿ります。
そして今回の受賞は、その精神が今も生き続けている証といえます。

それではまた、次の記事でお会いしましょう。



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免疫の仕組みを“楽しく”学びたい方にぴったりの漫画です。
細胞たちが体の中でどう働き、どう戦い、そしてどう支え合っているのかを描いた人気シリーズ。

このシリーズを読むと、「免疫のブレーキ」と呼ばれる制御性T細胞の働きや、
体の中で起きている奇跡のようなバランスを、物語として実感できます。

白血球・赤血球・T細胞など、体の中で働く細胞たちの奮闘を描いた大ヒット作。
免疫の世界の入門として最適な1冊です。

今回のノーベル賞テーマ「末梢免疫寛容」は、第5巻に登場します。



参考リンク

Reuters: Immune system breakthrough wins Nobel medicine prize for US, Japan scientists

Reddit: The Nobel Prize in Physiology or Medicine 2025 – Brunkow, Ramsdell & Sakaguchi

Reddit: Nobel Prize 2025 for regulatory T-cells and Immunological tolerance

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