
『もしロシアがウクライナに勝ったら』
カルロ・マサラ著/(早川書房、2025年6月17日刊)
ニュースとの関連
2025年秋、アメリカによるトマホーク供与の中止や米露首脳会談の見送りが報じられ、ウクライナ戦争をめぐる国際情勢は再び不安定化しています。
本書『もしロシアがウクライナに勝ったら』は、まさにその延長線上にある「もう一つの未来」を描いた警鐘の書です。
ロシアが勝利した後、NATOは内部対立を抱え、欧州の防衛線は脆弱化。アメリカが消極姿勢を見せるなかで、ロシアと中国の影響力が拡大していく――。
そのシナリオは決して荒唐無稽ではなく、現実の外交的緊張や政治判断の遅れを反映しています。特に日本にとって、ウクライナの敗北はアジアの安全保障バランスの崩壊を意味しかねないという点で、深い示唆を与えます。
書籍の概要
舞台は2028年3月。ウクライナ戦争終結から3年後、ロシア軍がバルト三国の一つ・エストニアのナルヴァへ侵攻し、欧州を震撼させます。
NATOは即応体制を整えられず、加盟国の足並みも乱れ、アメリカ国内では支援疲れが広がる。
一方、中国は南シナ海で動きを強め、世界は新たな「冷戦の段階」に突入します。
著者カルロ・マサラはドイツのミュンヘン連邦軍大学教授であり、国際安全保障を専門とする研究者。現実の防衛理論に基づいた戦略的分析と、フィクションを融合させた構成が特徴です。
単なる「戦争小説」ではなく、政治・外交・軍事の各レイヤーが連動して破綻していく様子を、リアルな筆致で描いています。
日本版序文では北方領土や尖閣諸島問題にも触れられており、「ヨーロッパの危機は、やがてアジアの危機へと波及する」という警告を日本の読者に突きつけます。
印象に残ったポイント
- ウクライナの敗北が欧州だけでなくアジアの安全保障を揺るがす連鎖構造として描かれている
- NATOや米国の内部対立、支援疲れなど、現実にも起こりうる要素が緻密に組み込まれている
- 中国の台頭や日本の地政学的リスクまで射程に入れた構成で、単なる西側視点に留まらない
- 軍事的な描写だけでなく、政治判断の遅れやメディア戦略まで含む「総合的な戦争分析書」になっている
せかはんの考察
この作品を読むと、現在進行形の国際情勢がどれほど危ういバランスの上に成り立っているかを痛感します。
ウクライナ支援をめぐる欧米の足並みの乱れ、アジアでの中国の動き、そして日本の防衛体制。
本書が描く“ロシア勝利後の世界”は、未来ではなく「いま見えている兆候の延長線」にあります。
特に印象的なのは、ロシアが“戦略的忍耐”によって徐々に西側の結束を崩していく構図です。
それは実際のプーチン外交とも重なり、現実のトマホーク供与中止や米露会談見送りといったニュースを読む目を変えてくれます。
戦争の終わりは必ずしも平和の始まりではない――その事実を、冷徹なリアリズムで突きつける一冊です。
それではまた、次回の記事でお会いしましょう。


