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中国教育部は11月16日、留学先としての日本に関する新たな注意喚起を発表した。日本国内で中国人市民を狙った犯罪が増加していると指摘し、治安情勢が「必ずしも好ましい状況ではない」との見方を示した。
発表は、日本に滞在中、または今後日本で留学を予定している中国人学生に対し、リスクを慎重に判断し、必要な予防措置を講じるよう求める内容で、安全面への警戒を強めるよう呼びかけている。
出典:China daily
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海外の反応
以下はスレッド内のユーザーコメントの抜粋・翻訳です。
日本で中国人が刺されるニュースなんて聞いたことがないよ。でも中国にいる日本人は背後に気を付けた方がいい。
この件の最近の背景を少し知りたい。中国の大使が「誰かは斬首されるべきだ」みたいなコメントをしたのは見たけど、全体の流れを知らないんだ。
その斬首コメントを言ったのは大阪の中国総領事であって、日本政府じゃないよ。なんで中国政府が留学生に暴力を警告してるのか分からない。
海外の反応の続きはnoteで読むことが出来ます。
考察・分析
日本への「留学注意喚起」が示す中国側の意図
中国教育部による今回の注意喚起は、表向きは「日本国内で中国人市民を狙った犯罪の増加」という安全面の懸念を理由として掲げています。しかし、こちらの記事で扱った総領事の投稿や、それに対する日本側・米国側の反応を踏まえると、この通達は単なる治安情報の更新ではなく、外交上の流れの中に組み込まれた行動として理解する必要があります。
中国政府は外交的な摩擦が生じた際、観光・留学・渡航情報といった「人の移動」に関わる領域でメッセージを発することが多く、今回の注意喚起もそのパターンの延長に位置づけられます。実際、日本への旅行アドバイザリー、中国国内メディアによる対日論調の強まり、海警局の尖閣周辺での行動など、ここ数日の動きは複数の官庁・機関が並行して対日姿勢を示している状況です。
留学は生活の基盤を大きく変えるテーマであり、中国国内でも関心が高いため、政府が国内向けメッセージを発信しやすい分野です。安全喚起の文面を用いながら、外交上の警戒感を示すという「二重の効果」が得られる領域でもあります。
通知が持つ実際的な影響と象徴的な意味
今回の通達は「留学停止」や「渡航禁止」といった強い措置ではありません。あくまで、リスクの慎重な判断や予防措置を促すものであり、中国政府にとって“調整可能な余地を残した対応”になっています。
このため、実際に中国人留学生が大幅に減るかと言えば、直ちにそうなるわけではありません。むしろ、中国国内では「日本は依然として人気の留学先」という認識が根強く、海外SNSでも「プロパガンダを信じる層はそもそも留学できない層」という意見が出ているほどです。
しかし、象徴的には影響があります。
・日本政府への不快感を示す
・国内世論に対して「政府は対応している」と伝える
・必要に応じて次の措置につなげる“伏線”を作る
といった意味が生まれます。
留学というテーマは家族・社会的関心が高く、政府のメッセージとして広がりやすいことから、今回の通知は「強い言葉を使わずに存在感を示す」タイプの外交シグナルとして機能していると言えます。
タイミングから読み取れる外交上の流れ
今回の通知が前回の総領事発言直後に出されたことも、重要なポイントです。
中国側としては、
・高市首相の発言への反発
・総領事の投稿への日本政府の抗議
・米国からの批判
など、対日・対米関係で動きが重なった状況に対し、国内向け・国際社会向けの両面で態度を示す必要がありました。
留学注意喚起は「過激すぎず、しかし無視できない」レベルの対応であり、外交的にも扱いやすい位置にあります。これにより、中国側は強硬な印象を残しつつも、事態を一気にエスカレートさせるリスクは避けることができます。
中国国内の事情と国際環境の変化
このタイミングで注意喚起が出た背景として、中国国内の治安・統制の強化が進む中で「海外渡航への注意」を増やす全体的な流れもあります。また、企業スパイ関連の規制強化や、周辺国との摩擦の高まりなど、外部環境の変化も影響しています。
さらに、海外留学に依存してきた中国の若年層にとって、留学は社会的ステータスの一部でもあります。これに政府がメッセージを載せることは、国内の世論管理にも役立ちます。今回の発表は、単に日本の情勢だけでなく、中国国内の政治・社会情勢も反映したものと言えます。
総括
今回の注意喚起は、日本国内で急激に治安が悪化したことを示すものではなく、外交上の動きと国内政治の双方を背景にした「複合的なメッセージ」として理解すべき内容です。
日中間では、台湾情勢を含めた安全保障環境の変化に加え、政治的発言をめぐる応酬が続いてきました。そうした中で、教育部という比較的ソフトな分野から通知を出すことで、中国側は“牽制”としての効果を出しつつ、関係悪化のコントロールも可能な余地を残した形になっています。
他方で、一般の中国人や留学生の多くは、海外のSNSでも見られるように、日本への関心や好意を強く持ち続けています。政府の発表と市民レベルの実感とのギャップが可視化されている点も、今回の議論の特徴と言えるでしょう。
それではまた、次の記事でお会いしましょう。
関連書籍紹介
日中外交秘録 垂秀夫駐中国大使の闘い
垂 秀夫 著(発刊日:2025年6月11日)
今回の記事では、中国教育部が日本への留学に注意喚起を出した背景として、日中間の外交的緊張や双方のスタンスの違いを見てきました。そうした“表に出ない外交の動き”を理解する上で参考になるのが、この『日中外交秘録 垂秀夫駐中国大使の闘い』です。
中国共産党の内部にまで独自の人脈を築き、圧力に屈せず交渉を進めてきた垂秀夫氏の40年にわたる実務の記録は、現在の日中関係の構造を読み解くヒントに満ちています。恫喝への対処、情報戦、改革派知識人との交流、そして習近平体制の分析まで、記事で触れた「中国側の発信と実態のギャップ」を理解する助けにもなる内容です。
外交の裏側で何が起きているのかを知りたい読者にとって、現代の日中関係を立体的に捉えるための一冊といえます。
潤日(ルンリィー) 日本へ大脱出する中国人富裕層を追う
舛友雄大 著(発刊日:2025年1月22日)
今回の記事では、中国政府が日本への留学に慎重な姿勢を促す一方で、実際には多くの中国人が“より良い生活”を求めて日本に移り住んでいる現実にも触れました。その背景を立体的に理解するうえで参考になるのが、ジャーナリスト舛友雄大氏による『潤日(ルンリィー)』です。
「潤(run)」とは、抑圧的な環境から逃れ、自由や安全、教育機会を求めて海外へ脱出する中国人の新しい動きを指す言葉。本書はその“日本に向かう新移民”の実像を、教育、不動産、ビジネス、移住コミュニティなど多様な角度から丁寧に取材しています。
湾岸タワマンを現金で購入する富裕層、文京区学区を求める教育熱心な家庭、香港・上海から安全を求めて来る引退組、地方を新たなフロンティアと見る投資家。こうした人々の行動は、今回の注意喚起とは対照的に、中国国内の不安感や統制強化が実際にどれほど移住を促しているかを示す材料にもなります。
日中関係の緊張、日本で拡大しつつある中国人コミュニティ、そして“なぜ日本なのか”。
こうした疑問に答える一冊として、今の日本社会を考えるうえでも読み応えがあります。
参考リンク
- https://apnews.com/article/4c8000c6f2d29cccc625d378362dc91d
- https://www.reuters.com/world/china/why-did-japan-pms-taiwan-remarks-cause-such-stir-2025-11-11/
- https://www.theguardian.com/world/2025/nov/15/china-advises-against-travel-to-japan-amid-escalating-row-over-pms-taiwan-comments
- https://asiasociety.org/japan/events/new-wave-chinese-immigrants-how-they-are-reshaping-japan
- https://japan-forward.com/ex-ambassador-tarumi-realism-over-empty-mantras-on-china-policy/


