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香港・大埔区の高層住宅団地「Wang Fuk Court」で11月26日午後、大規模火災が発生し、これまでに少なくとも55人が死亡、279人が行方不明となっている。
8棟約2000戸で構成される大規模団地で、火はいくつもの棟にまたがって広がり、香港消防当局は最高レベルの「五級火警」を発令した。
現場は外壁改修工事中で、建物全体が竹の足場と緑色のネットで覆われていた。
火災は足場部分で発生したとみられ、可燃性のネット、防水シート、さらに窓を塞ぐために取り付けられていた発泡スチロール材に火が燃え移ったことで、炎が急速に上階へと拡大したとされる。
警察は改修工事を担当していた建設会社の役員2人と技術コンサルタント1人を過失致死の疑いで逮捕し、耐火基準を満たさない資材が使用されていた可能性について捜査を進めている。
香港政府は今回の火災を受け、関連する住宅団地の安全点検を強化する方針を示した。
出典:BBC
海外の反応
以下はスレッド内のユーザーコメントの抜粋・翻訳です。
これ、本当に私の悪夢そのものだ。燃えている建物の中に閉じ込められるなんて。あの人たちがどれほどの恐怖を味わったか、想像もできない。
高層ビルが燃えているのに、改修工事のせいで火災報知器が機能していなかった。
あの映像はまさに悪夢。住民たちが本当に気の毒だ。
行方不明者の数は、今は混乱しているからもっと減る可能性がある。
ただ、死者数はさらに増えるだろう。
昼間だったのは不幸中の幸いで、多くの人が家にいなかったか、起きていたはず。もし深夜だったら、もっと悲惨だった。
ロンドンのグレンフェルタワーでも70人以上が亡くなったけど、最初は行方不明の数がもっと多かった。
残念ながら、ここは高齢者や身体の弱い人も多く住んでいる地域で、在宅の人が多かったはず。
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考察・分析
改修工事と仮設材がつくった「最悪の条件」
今回の火災は、単なる「高層マンション火災」ではなく、改修工事中という特殊な条件が重なったことで被害が極端に拡大したケースと見られます。
火災現場となった「Wang Fuk Court」は、1980年代に建てられた公的性格の強い分譲住宅で、8棟の31〜32階建てタワーに約4600人が暮らしていました。事前調査で大規模修繕が必要とされ、外壁を全面的にやり直す工事が進んでいる最中に火災が発生しています。
外壁には香港で一般的な竹の足場が組まれ、その外側を緑色のプラスチック製ネットや防水シートが覆っていました。火はまずこの足場部分で発生し、可燃性のネットやシート、そして窓を塞ぐ目的で設置されていた発泡スチロール板に燃え移り、外装を伝って一気に縦方向・横方向へ広がったとされています。
当日は乾燥注意報が出るほど湿度が低く、風も強かったと報じられています。乾燥した空気と強風、足場とネットに包まれた外壁、可燃性の発泡スチロールという組み合わせが、ビル全体を「巨大な焚き木」のような状態にしてしまったと指摘されています。
公営住宅と改修ビジネスの構造的な問題
Wang Fuk Court は、香港の「居者購入制度」に基づく政府補助付きの分譲住宅で、公営住宅と民間分譲の中間のような性格を持ちます。老朽化が進んだ複数の団地では、所有者から集めた修繕積立金をもとに高額な改修工事が発注され、その金額や入札プロセスをめぐって住民の不満がくすぶっていました。
今回のケースでも、数種類の修繕案の中から最も高額な約3億3000万香港ドルのプランが採択されていたことが報じられています。その一方で、警察と規制当局は以下の重大な安全違反の疑いを指摘しています。
- 窓を発泡スチロール板で塞いでいた点
- 外装に使われたネットやシートが耐火基準を満たしていない可能性
これにより、「高額な改修費を住民に負担させながら、安全性の低い安価な資材が使われていたのではないか」という批判が高まっています。すでに工事を請け負った建設会社の責任者3人が過失致死容疑で逮捕され、香港の汚職摘発機関が贈収賄の有無についても捜査に乗り出しました。
高層公営住宅の老朽化と、それをビジネスチャンスと見る施工会社・仲介業者との利害が結びついた結果、「見た目はきれいになるが、安全はむしろ悪化する改修」が行われていたのではないか――これが多くのメディアや専門家が共有しつつある問題意識です。
防災システムと「工事中」の盲点
今回の火災では、「警報が鳴らなかった」「避難しようとしたらすでに廊下が煙で真っ白だった」といった証言が複数報じられています。いくつかの報道では、この団地の棟にはスプリンクラーや避難用の中間階(レフュージフロア)が設置されておらず、設計年代相応の「古い基準」のまま運用されていた可能性が指摘されています。
さらに、工事中の誤作動を防ぐために防火システムの一部が停止されていたとの住民証言もあり、火災報知器が作動しなかった背景として取り沙汰されています。
日本の建築基準法や消防法では、高層建築物に対して以下のようなきめ細かい規定が存在します。
- 耐火構造の避難階段や「特別避難階段」の設置
- 屋内消火栓、送水口、スプリンクラー、非常警報設備の設置
- 工事中も防火設備の機能を確保すること
もちろん日本にも老朽化した建物は多くありますが、「工事中だから防火設備を止めても仕方がない」という発想は、少なくとも法制度上は認められていません。今回の事故は、「工事中の建物において、どこまで防火システムを維持するか」という点が、香港だけでなく世界中で再検討されるきっかけになると考えられます。

高齢者・低所得層を直撃した「時間帯」と「構造」
この団地には約4800人が暮らしており、その多くが高齢者や低所得層だったと報じられています。
火災が発生したのは平日の午後で、通勤・通学中で不在だった住民もいたとみられますが、在宅率の高い高齢者ほど逃げ遅れやすく、実際に犠牲者や行方不明者の中には高齢者が多く含まれているとされています。
また、火災は外装を伝って複数棟に広がり、7棟が何らかの形で炎や熱にさらされました。団地の棟同士が近接し、さらに足場とネットで一体的に覆われていたことが、火災を「一棟の事故」ではなく「団地全体の災害」に変えてしまったとも言えます。
一部の住民は避難階段に向かおうとしたものの、すでに煙と熱気で近づけない状況だったと証言しています。特に高層階では、消防車のはしごが届く高さに限界があるため、「自力で階段を降りることができない住民」が最も危険にさらされる現実が改めて浮き彫りになりました。
香港社会と政治へのインパクト
この火災は、死者55人、行方不明279人という規模になり、香港で少なくとも半世紀ぶりの大惨事(1996年の九龍の火災以来の深刻さ)と報じられています。中国の習近平国家主席は「全力を挙げて消火と救助にあたるように」と指示し、犠牲者への哀悼の意を示しました。
香港政府も、政治日程よりも救助と復旧を優先すると表明し、数百人規模の避難者に対する支援策を打ち出しています。しかし市民の目は厳しく、以下の点に対する責任追及が始まっています。
- 老朽公営住宅の安全対策はどうなっていたのか
- 高額な改修費と安全軽視(中抜き)の疑い
- 行政による監督や検査が機能していたのか
「責任は現場の施工会社だけなのか」「行政側はどこまで把握していたのか」という問いが、これから香港社会の大きな論点になっていくでしょう。
日本の高層住宅にとっての教訓
日本の高層マンションでは、法制度と設備の面で香港とはかなり異なる前提があります。 日本の制度上の特徴としては、以下が挙げられます。
- 詳細な設備義務: 高さや用途に応じた耐火・避難・消火設備が義務付けられている。
- 多重の避難経路: 特別避難階段や二方向避難、内部消火栓などが体系的に整備されている。
- 継続的な管理: 消防庁や自治体消防が、防火管理者制度や立入検査を通じてチェックしている。
ただし、これで「日本は安全だから心配ない」と言い切るのは危険です。日本でも「築年数の古い中層マンションでの改修工事」「管理組合の財政難による安さ優先の発注」「居住者の高齢化」といった問題は共通しています。
外壁工事の際にどのような足場やネット、養生材が使われているのか。防火設備がきちんと稼働しているのか。こうした点は制度任せにせず、住民側も意識的にチェックしていく必要があると感じます。

総括
今回の香港・大埔の火災は、「高層マンションが燃えた」という一言では片付けられない、多層的な要因が重なった災害でした。
- 老朽化した公営住宅に対する大規模改修工事
- 竹の足場と可燃性のネット、防水シート、発泡スチロール板
- 乾燥した気象条件と強風
- 不十分な防災システムと、工事中の一部停止
- 高齢者や低所得層が多く暮らす団地構造
これらが組み合わさった結果、炎は短時間で団地全体に広がり、大惨事となりました。
日本とは建築規制や設備の前提が違うとはいえ、老朽化マンションの改修リスク、施工管理の問題、そして高齢化したコミュニティという点では、決して対岸の火事ではありません。外壁工事や大規模修繕が行われている建物に住む私たちにとっても、「どんな資材が使われているのか」「防火設備は生きているのか」といった基本的な確認が、生死を分けることになりかねない。その現実を強く突きつけられたと言えるでしょう。
それではまた、次回の記事でお会いしましょう。
関連書籍紹介
『ルポ 秀和幡ヶ谷レジデンス』
(栗田シメイ 著 / 毎日新聞出版 / 2025年3月刊)
今回の火災では管理会社や工事の意思決定プロセスが不透明だった疑いがあります。
本書は、東京のヴィンテージマンションで実際に起きた「理事会の独裁」と、それを取り戻そうとする住民の闘いを描いたノンフィクション。
「管理組合が機能しないと、建物はここまで歪む」という現実は、今回の事故の背景とも重なり、背筋が凍ります。
今年(2025年)話題になった必読の一冊です。
参考リンク
The Guardian「Hong Kong fire: police blame construction firm’s ‘gross negligence’ as death toll rises to 55」
https://www.theguardian.com/news/2025/nov/27/hong-kong-fire-tai-po-police-blame-construction-company
AP「What to know about the apartment fire in Hong Kong」
https://apnews.com/article/0934334f8304da26a470989486b17cc7
Al Jazeera「Hong Kong’s deadliest fire in a century: What we know and how it spread」
https://www.aljazeera.com/news/2025/11/27/hong-kongs-deadliest-fire-in-63-years-what-we-know-and-how-it-spread
Wikipedia「2025 Tai Po apartment fire」
https://en.wikipedia.org/wiki/2025_Tai_Po_apartment_fire
ANN「香港高層マンション火災で死者55人に 日本は大丈夫?注目すべき“3つの違い”」
https://www.nagoyatv.com/news/kokusai.html?id=000469277
