メッシがアルゼンチン代表引退 一度は去った「勝てない男」が世界王者になるまでの21年【海外の反応・解説】

メッシが8月31日、アルゼンチン代表引退を発表。207試合125得点、W杯優勝1回。「代表では勝てない」と言われた男が世界王者として去るまでの21年間と海外の反応を解説します。

今回の記事の重要ポイント(三点)

・リオネル・メッシが8月31日、自身のSNSでアルゼンチン代表からの引退を発表した。代表207試合に出場した39歳は、クラブでは現役を続ける。

・バルセロナで頂点を極めた20代のメッシは、代表では決勝で敗れ続け、2016年には一度代表引退を表明した過去がある。

・29歳で固まりかけた「代表では勝てない」という評価を、本人がキャリア最後の5年で塗り替えた。選手の評価が30代で完全に覆った、めったにない逆転劇だった。


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メッシがアルゼンチン代表引退を発表、21年間で125得点

サッカーのリオネル・メッシ(39)は現地時間8月31日(日本時間9月1日未明)、自身のインスタグラムでアルゼンチン代表からの引退を発表した。手書きのメッセージと動画を投稿し、「決勝戦から時間が経ち熟考した結果、皆さんに代表引退をお知らせしたいと思う」とつづった。

メッシは2005年の代表デビューから21年間で207試合に出場し、125得点。ワールドカップ(W杯)には2006年ドイツ大会から6大会連続で出場した。2021年と2024年のコパ・アメリカ、2022年のカタールW杯を制し、2026年の北中米W杯は決勝でスペインに延長の末0-1で敗れて準優勝。この決勝が代表での最後の試合となった。

引退の手紙そのものは、W杯決勝2日後の7月21日に書いていた。父ホルヘ氏はその後、長い闘病の末に8月8日に68歳で死去した。メッシは今回の投稿で、父を亡くしたことに触れ、決断への確信は以前より強まったと記している。声明では「この決断は、心の底から痛みを伴うものだが、今がその時だと理解している」と述べた。

クラブでは米MLSのインテル・マイアミでプレーを続ける。アルゼンチン国内では、ミレイ大統領が「本当にありがとう、不可能な男よ」と投稿するなど惜別の言葉が相次いだ。アルゼンチンサッカー協会が今秋の国際試合期間を利用した送別の場を検討していると現地メディアが報じているが、正式な発表は出ていない。


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デビュー1分の退場から最後のW杯決勝まで、代表21年の歩み

代表キャリアは、出場1分足らずの退場から始まった

2005年8月17日、18歳のメッシはハンガリーとの親善試合で代表デビューしました。後半63分に途中出場。ところが相手にシャツをつかまれ、振りほどいた腕が肘打ちと判定されて一発退場になります。ピッチに立っていたのは1分足らず(40〜47秒と伝えられています)でした。

その後、バルセロナではリーグ優勝と欧州制覇を重ね、世界年間最優秀選手に相当するバロンドールを史上最多の8回受賞。クラブの舞台のタイトルはほぼ勝ち尽くしました。

若い年代の代表では2005年のU-20W杯と2008年の北京五輪で世界一を経験しています。手が届かなかったのはA代表の主要タイトルだけでした。クラブでの絶頂とこの一点の欠落との落差が、「代表では勝てない男」という評価の土台になります。


世界一まであと一歩の敗北が、3年続いた

評価を決定づけたのは、2014年からの決勝3連敗です。

大会決勝の相手結果
2014年W杯ブラジル大会ドイツ延長0-1(延長後半に失点)
2015年コパ・アメリカチリ0-0、PK戦1-4
2016年コパ・アメリカ・センテナリオチリ0-0、PK戦2-4

(各大会の公式記録・報道から作成)

3試合とも90分では負けていません。2014年のドイツ戦は延長後半113分の1点に沈み、2015年と2016年のチリ戦はいずれも無失点のままPK戦で敗れました。世界一になっても不思議のない強さで、最後の一歩だけを3年連続で踏み外した形です。当時の批判が結果だけを見ていたわけでもありません。大舞台での得点の少なさやPKの失敗など、試合の中身に根ざした論点もありました。

それでも残った結果は3年連続の準優勝でした。アルゼンチンには、1986年のW杯で圧倒的な存在感を示し、アルゼンチンを世界一へ導いたディエゴ・マラドーナという絶対の基準があります。「クラブでは史上最高、しかし代表ではマラドーナを超えられない」。この比較が、母国の内外で繰り返し語られるようになりました。


29歳の引退表明と、6週間後の復帰

2016年6月26日、チリとの決勝でメッシは1人目のキッカーとしてPKを失敗します。試合後、「4度の決勝、僕には縁がない。一番望んでいたことだが、手に入らなかった。これで終わりだと思う」と代表引退を表明しました。メッシは2007年のコパ・アメリカ決勝でもブラジルに敗れており、この時点でA代表の主要大会の決勝は4戦4敗。まだ29歳でした。

引退は長く続きませんでした。国内で復帰を求める声が広がり、約6週間後の8月12日に撤回して代表へ戻ります。翌2017年のW杯南米予選は最終節までもつれ、敵地エクアドル戦でメッシがハットトリックを決めてようやく本大会行きを決めました。

それでも2018年のロシアW杯はベスト16でフランスに3-4で敗れて終わります。復帰から2年が経っても、「結局、メッシは代表では勝てない」という評価は変わっていませんでした。


34歳の初タイトルから、39歳の最後の決勝まで

2018年大会の後、代表監督には元代表選手のスカローニが就任します。転機は2021年のコパ・アメリカでした。ブラジルの本拠地マラカナンで開かれた決勝でブラジルを1-0で破り、アルゼンチンは1993年以来28年ぶりの優勝。メッシは34歳で初めてA代表の主要タイトルを手にしました。

翌2022年のカタールW杯では、決勝でフランスと3-3の末にPK戦を制し、1986年以来36年ぶりの世界一に。メッシは大会MVPに選ばれました。2024年のコパ・アメリカでも連覇を達成します。

そして39歳で迎えた2026年の北中米W杯でも、アルゼンチンは決勝まで勝ち上がりました。スペインとの決勝が、メッシの代表での最後の試合になりました。


海外の反応

引退発表を受けて、Redditには複数の大型スレッドが立ちました。ここではサッカー全般の板に立った本流のスレッド、メッシのファンコミュニティ、W杯を中心に見る層が集まる板の3本から拾います。論調は惜別と賛辞が中心ですが、特徴的なのは「勝てない男」と呼ばれた時代を自分から持ち出して振り返るコメントの多さです。

以下はスレッド内のユーザーコメントの抜粋・翻訳です。


2014年以降のワールドカップ決勝4回のうち、3回にメッシが絡んでいる。とんでもない数字だ。2020年より前は「代表レベルではやれない男」というコメントばかりだったのを、今でもはっきり覚えている。


まあそう言われるだけの理由はあった。メッシはずっと神様みたいな選手だったが、2006年から2016年までは代表でどこか噛み合っていない感じがあった。チームのやろうとしていることに彼が収まっておらず、持っている力を出し切れていなかった。スカローニ(現アルゼンチン代表監督)になって、それまでなかったものがかちっとはまった。


この話にはうんざりしているので口を挟ませてほしい。

メッシは代表に入った当初から、つまり2006年から2010年の時期ですら、試合の75%以上でアルゼンチンの最良の選手だった。サッカーはチームでやる競技で、チームがひどければ自分の良さを出すのは難しい。メッシのようにチームありきの選手ならなおさらだ。得点者としてもドリブラーとしても組み立て役としても最高、というのが彼の凄さなのだから。

あの頃の代表は、サベージャ監督(2011年から2014年までのアルゼンチン代表監督)の時期を除けばチームとしての構造がゼロで、ひどいものだった。サベージャは素晴らしい監督だったが、運悪く2014年大会は攻撃陣の中心を怪我で欠いていた。

当時メッシを批判していた人たちはサッカーが分かっていない。以上、試合を分析しすぎるアルゼンチン人より。


それでも自分は、2017年のエクアドル戦(W杯南米予選の最終節)を、サッカー全体で見てきた中で最も英雄的なパフォーマンスだと思っている。

アルゼンチンはロシア大会に出るために勝つしかなかったのに、開始直後に0-1にされた。そこからメッシが魔法のようにハットトリックを決めて、チームを引きずってロシアに連れて行った。アルゼンチンの実況が「グラシアス・ヘニオ(天才よ、ありがとう)」と叫び続けていたのを今でも覚えている。あの時のアルゼンチンには本来出場する資格などなく、メッシが力ずくで運んだのだ。

あの暗黒期のアルゼンチンを見ていた人間なら、この10年に見せられたものに感謝するしかない。


2016年は痛みのあまり投げ出すように去った。2026年は全部勝ってから去った。


率直に言ってスポーツ史上最高の物語だと思う。文字どおり4回も決勝まで引っ張っていって、そのたびに負けた。ファンはとっくに彼にもチームにも見切りをつけていて、諦めるほかない空気だった。それでも戻ってきて、10年ぶんの敗北のあとに全部勝った。メッシには才能だけでなく、生まれ持った本物の精神力があったということだ。


これは実は彼にとって2度目の代表引退だ(1度目は2016年)。だから本当のところは誰にも分からない。


そんなものはサッカーの基本知識だと思っていた。もっとも、このサイトには2016年にまだ生まれてすらいない人間もいるわけだが。


そして2026年大会での終わり方がまたすごい。SNSには今大会への罵倒がまだあふれているが、歴史はもっと優しく、史上屈指の大会になったと記憶するはずだ。

あと個人的には、数字の上では2022年のほうが上でも、2026年のほうが好きだ。誰一人これを予想していなかったのだから。


2022年にトロフィーを掲げた時点でこうすべきだった、と自分は思っていた。

ただ、そのあとコパをもう一つ獲って、しかもほとんど一人でアルゼンチンをもう一度ワールドカップ優勝の目前まで運んだのだから、この人のキャリアが現実離れしていることと、絶対に見くびってはいけないことの証明でしかない。

この男が2回以上獲っていない主要タイトルがワールドカップだけ、というのがもうおかしい。


アルゼンチンがメッシなしでやる方法を学ばなければいけないのは今だ。次のワールドカップまでにやることは山ほどある。今引退してくれたぶん、その時間ができた。


メッシのファンコミュニティに立ったスレッドは、惜別と未練の声がほぼすべてを占めています。

以下はスレッド内のユーザーコメントの抜粋・翻訳です。


うわ、2028年のコパ・アメリカにはまだ出てくれると思っていたのに。


自分は2028年のコパと2030年のワールドカップで見られると思っていた。頼むから引退を撤回してくれレオ。


これが本当なら、サッカーは選手を一人失うだけじゃない。何百万人もの人間がその中で育った一つの章が、閉じるということだ。


自分はアルゼンチン人じゃない。それでもメッシが代表でプレーしている間は、直近のチームがどれだけひどい出来でも、自分もアルゼンチン人だった。サッカー史上最高の物語の章が閉じ始めるのを見るのは胸が痛い。これからの試合は一つも見逃さないようにしよう。史上最高の選手の、終わりの始まりだ。


イングランド人の自分でも、これはとんでもなくこたえる。本当に一つの時代が終わってしまう。アルゼンチンのユニフォームで数えきれないほどの特別な瞬間をくれて、ありがとう。


正直に言えば、引退してくれてよかった。辞めどきとして本当にいい時期だ。アルゼンチンにもサッカーにも与えるだけ与えたのだから、胸を張って去っていい。


こちらはワールドカップ全体を扱うスレッドで、他国のファンも多く集まっています。

以下はスレッド内のユーザーコメントの抜粋・翻訳です。


メッシのファンでもアルゼンチンのファンでもない。それでも自分にとってこれは、代表サッカーが正式に次の世代へ入ったという宣言に聞こえる。


メッシ個人の事情は脇に置くとして、代表でのキャリアを高い位置で終えることは彼の評価にプラスに働く。全盛期を過ぎても続けて自分の評価を傷つけるアスリートは多いし、人が見るのはたいてい最後のシーズンの数字だ。


マラドーナと肩を並べた、なんてものじゃない。メッシのサッカー人生を通じての論点は、そもそもマラドーナと同じ高さまで行けるのかということだった。彼の有名なゴールのいくつかは、文字どおりマラドーナのゴールの複製と言っていい。

もちろんメッシはこの30年で最高の選手だが、マラドーナがやったことは唯一無二だった。並のチームを優勝まで持ち上げたのだ。あんなことはそれ以前にも以後にも起きていない。

マラドーナはキャリアが短く、晩年は薬物に苦しんだ。それでも選手だった頃の彼は、反抗的で、他に類のない天才だった。世界は彼を愛した。アルゼンチンには文字どおりマラドーナ教会(マラドーナを崇拝する実在の団体)まである。


なるほど、それには反論できない。自分の中では二人は完全に並んでいる。史上最高か2番目かのどちらかで、いずれにせよ一世代に一人の選手であることに変わりはない。そして国際舞台の強国としてのアルゼンチンは、彼なしでは同じではいられない。次のスターが見つかるまで、アルゼンチンは20年か30年タイトルなしだと予想する。


あとはもう一人の歴代級(ロナウドのこと)が、同じ結論にたどり着いてくれさえすればいい。


アルゼンチンには予選を通る力はある。ただ、準決勝や決勝まで行き続ける連続記録にはお別れだ。今年はメッシが多くの試合でとんでもない引っ張り方をしていた。これから同じくらいの存在感を保てるとは思えない。特に守備陣にはいい選手がいるが、現時点でもう一度ワールドカップを獲るには足りない。


それでも大陸では一番のチームだ。

2025年3月のワールドカップ予選でメッシは不在だったが、アルゼンチンはブラジルを4-1で叩いている。2024年のコパ・アメリカ決勝でもメッシは0-0の時点で負傷交代したが、アルゼンチンは勝った。


「勝てない男」の評価は、なぜ39歳で覆ったのか

代表に欠けていたのは、メッシを生かす構造だった

決勝3連敗の時期のアルゼンチンも、前線の名前だけを見れば世界屈指でした。アグエロ、イグアイン、ディ・マリア。各国リーグの得点王級が並んでいます。

違ったのは、メッシに届けるまでの設計です。バルセロナにはシャビとイニエスタという世界最高の中盤がいて、メッシが最も危険な位置でボールを受けられる仕組みが完成していました。代表にはその役割を担える中盤がいない、という指摘が2014年当時から繰り返されています。

そのため試合が苦しくなると、メッシが自分で中盤まで下がってボールを受け、ゲームを組み立て、最後は自分でゴールへ向かう形になりがちでした。相手にメッシを集中的に封じられると、アルゼンチンの攻撃全体が停滞しやすい構図でした。

監督も安定しませんでした。メッシの全盛期だけでもマラドーナ、バティスタ、サベージャ、マルティーノ、バウサ、サンパオリと交代が続き、メッシを右ウイングに置くのか、トップ下か、中央の偽9番かという議論すら定まりません。2014年にサベージャが決勝まで届く現実的なチームを作りましたが、その形も引き継がれませんでした。

つまり「勝てない男」という評価には、メッシの実力を測った結果というより、僅差の敗北が3年続いた結果から逆算して作られた物語という面が大きくありました。もっとも、構造だけですべての敗北を説明できるわけでもありません。PK戦の運、主力の負傷、相手の強さも重なった上での3連敗でした。


スカローニのチームは、依存の向きを逆転させた

2018年のロシアW杯後、アルゼンチンは大物監督ではなく、指導実績のほとんどないスカローニをまず暫定として据えました。この人事が転機になりました。

スカローニのチームでは依存の向きが逆になりました。それまでは「チームが困ったらメッシを探す」。新しいチームでは、デ・パウルが走ってボールを回収し、守護神エミリアーノ・マルティネスが後ろを支え、ディ・マリアが別の得点ルートを用意する。守備や組み立ての負担を周囲が分け持ち、メッシは決定的な仕事に多くの力を残せるようになりました

2021年のコパ・アメリカ決勝で、決勝点を挙げたのはメッシではなくディ・マリアでした。この配役の変化こそが、新しいアルゼンチンでした。

皮肉なことに、メッシの身体能力のピークは20代でした。最も速く走れてドリブルでどこまでも運べた時期にはタイトルが取れず、運動量の落ちた30代半ばから、2022年のW杯を含めて勝ち続けました。

2022年の優勝ではメッシ自身が大会MVPに選ばれており、個人の傑出が消えたわけではありません。それでも、同じ選手の評価が「勝てない」から「世界王者」へ動いた大きな変数の一つが、周囲の構造でした。


一度確定した評価も、終わってみるまで分からない

メッシの評価は、29歳の時点で固まりかけていました。「クラブでは史上最高、代表では失敗した選手」。本人が引退を口にしたことで、この評価は確定したかに見えました。そこから34歳でコパ・アメリカ王者、35歳で世界王者、37歳で連覇、39歳で再びW杯決勝。評価が固まったはずの年齢から、語られる物語そのものを書き換えました。

同じ「決勝での延長0-1」でも、2014年と2026年では意味が正反対です。2014年は「またメッシは勝てなかった」と語られました。2026年の敗北を、そう語る人はもういません。証明すべきことが残っていなかったからです。

2026年のW杯決勝が行われたメットライフ・スタジアムは、2016年にメッシがPKを失敗し、直後に一度目の引退を口にしたコパ・アメリカ決勝と同じ場所でした。10年前に「終わり」を宣言した場所で、今度は何も証明する必要のない選手として最後の代表戦を戦ったことになります。

メッシのいないアルゼンチンは、2025年3月のW杯予選で、負傷欠場のメッシ抜きのままブラジルを4-1で下しています。依存を減らした構造は、本人がいなくても一度は結果を出しました。それでも2026年大会で決勝まで運んだ推進力の多くはメッシ自身でした。構造は残り、最後の一押しを誰が担うのか。それが次のW杯までのアルゼンチンの宿題です。

「もう確定した」と見えた評価が、10年かけて裏返りました。答えが出たのは39歳、それも本人が二度目の「終わり」を自分の言葉で選んだ日でした。


一度去った男が、世界王者として去るまで

2005年の1分間と、2026年の120分間

メッシが代表に残したのは、207試合125得点という記録だけではありません。一度は「代表では勝てない」と結論づけられ、一度は自ら代表を去った選手が、それでも戻り、最後には世界王者として去っていきました。

デビュー戦、ピッチに立てたのは1分足らずでした。最後の試合は、W杯決勝の120分をキャプテンとして戦い抜いています。2005年に数十秒で退場した18歳の少年は、21年後、アルゼンチン史上最も成功した世代の象徴としてユニフォームを脱ぐことになりました。

「勝てない男」という物語も、「不可能を可能にした英雄」という物語も、どちらも同じ一人の選手について語られた言葉です。才能そのものが突然変わったわけではありません。変わったのは、チームの構造と、メッシ自身の役割、そして敗北を重ねながら積み上げた時間でした。一度下された評価が、最後まで正しいとは限らない。メッシの21年間は、その実例として残り続けるはずです。

それではまた、次回の記事でお会いしましょう。

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参考リンク

メッシがアルゼンチン代表からの引退を発表…21年間の代表キャリアに幕|サッカーキング

メッシ、アルゼンチン代表引退を表明|時事通信

Lionel Messi’s retirement statement in English|Yahoo Sports

Argentina star Lionel Messi retires from international soccer with World Cup title and 125 goals|AP(Local10)

Lionel Messi retires from internationals after Argentina lose Copa America final to Chile|Sky Sports

Ecuador 1-3 Argentina: Lionel Messi masterclass drags his nation to World Cup finals|Sky Sports

Spain vs. Argentina match report(2026 World Cup final)|ESPN

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国内外のニュースを「報道・海外の反応・背景解説」の三層で読み解く個人メディア『せかはん』運営者。2025年8月の開始から1年で300本以上を執筆し、noteフォロワーは2万人。特定の政党・組織に属さず、一次ソースの照合と左右両論の併記を編集の基本にしています。

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