はじめに
2026年1月、世界は一つの「劇的な幕切れ」を目撃しました。
アメリカ軍による大規模な軍事作戦「サザン・スピア」が実行され、ベネズエラのマドゥロ大統領が、国家元首としてではなく「国際的な麻薬テロリスト」として拘束され、アメリカ本土へ移送されたのです。
CNNやBBC、そしてX(旧Twitter)には、歓喜に沸くベネズエラの人々の姿が溢れました。特に、独裁体制を逃れて国外へ脱出した数百万人の移民たちにとって、これは待ち望まれていた瞬間であり、その涙と喜びは紛れもない本物でしょう。
しかし、その熱狂の一方で、複雑な沈黙も存在します。
国内に残された人々や、歴史を冷徹に見つめる層の間には、「これで本当に終わるのか」「次は誰が来るのか」という、祝祭ムードとは明らかに異なる温度差が漂っています。
彼らが見ているのは、感情的な正義の物語の裏側で作動し始めている、きわめて冷徹な国家の論理です。

本稿では、現在のベネズエラ情勢を読み解くために、海外のネット論壇でも頻繁に参照されてきた二つの歴史的視点を補助線として引いています。
一つは、危機に乗じた経済的搾取の構造を描いたショック・ドクトリン。
もう一つは、アメリカによる成功した占領の実像を描いた敗北を抱きしめてが示唆する統治モデルです。
この二つを重ね合わせたとき、今回の出来事は単なる独裁者の逮捕劇ではなく、巨大な債権回収と統治実験のハイブリッドとしての姿を見せ始めます。
第1章
ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』が見抜く債権回収の本質
まず、今回の事態を経済的な側面から読み解くために欠かせないのが、ナオミ・クラインの著書『ショック・ドクトリン』です。
この本が主張するのは、単純かつ残酷な真実です。
惨事(ショック)の直後、国民が呆然としている空白の期間に、通常なら絶対に受け入れられない過激な市場原理主義改革が断行される。
今回のベネズエラ事案は、この理論で説明可能な展開を見せています。
なぜなら、アメリカにはそうせざるを得ない、切実な経済的・技術的理由があるからです。
① 没収された資産の奪還(Repossession)
かつてチャベス前大統領やマドゥロ政権は、「21世紀の社会主義」を掲げ、外資系企業の資産を次々と国有化しました。エクソンモービルやコノコフィリップスといった米国の巨大石油メジャーは、何千億円もの設備を強制的に奪われ、事実上追い出されました。
今回の軍事介入は、単なる政治的な独裁者排除ではありません。
過去に没収された資産を取り返し、再び米国企業の管理下に置くための国家規模の強制執行という側面が、極めて色濃く見えます。
「解放」という言葉の響きの裏に、差し押さえという現実が潜んでいると指摘される所以です。

② 質の悪い石油というジレンマ
さらに重要なのが、ベネズエラの石油の特殊性です。
ベネズエラは世界最大級の原油埋蔵量を誇りますが、その大半は超重質油と呼ばれる、アスファルトのように粘度の高い原油です。
これを商品にするには、高度な精製設備と特殊な希釈剤が必要になります。
そして、この処理に最も適合した設備とノウハウを有しているのが、皮肉にもアメリカ、特にメキシコ湾岸の精製施設なのです。
マドゥロ政権下で技術者が流出し、設備が老朽化した現在、ベネズエラの石油産業は事実上の機能不全に陥っています。
米国を中心とした資本と技術が戻らない限り、その価値を最大限に引き出すことは困難です。

だからこそ、マドゥロという障害物を外科手術的に取り除き、その直後の混乱に乗じて、一気に国営企業を民営化し、米国資本を呼び戻す。
これが『ショック・ドクトリン』が描く典型的なシナリオです。
実際、このシナリオについては、今回の事件が起きる数年前からネット上で議論されてきました。
以下では、過去に交わされた議論を「海外の反応」として紹介します。
海外の反応
以下はスレッド内のユーザーコメントの抜粋・翻訳です。
この本は本当に目が覚める内容だった。
みんなが落ちぶれて、助けを必要としているときに、あらゆる人間や物事につけ込む。
こんな考え方は変えないといけない。 私たちは一つなんだから。
何年も前にこの本を読んだけど、あまりに気が滅入る内容で途中で読むのをやめた。
ひどい連中が次々と国に入り込んで、経済を破壊し、満足げな顔で立ち去り、懐には金を詰め込んでいた。 そして、その国々の多くは20年経った今でも、いまだにそのツケを払わされている。
「ショック療法」は、実際に適用されると、やり過ぎで速すぎる。
特に制度が機能不全に陥っている国ではなおさらだ。 ただしそれでも、世界的な市場自由化が何億人もの人々を極度の貧困から救い出した事実は変わらない。
その一方で、別の何億人もの人々を意図的に貧困状態に縛り付け、さらに別の何億人が「死ぬまで労働力を売る」という特権的な生活を享受できるようにしている。
海外の反応の続きはnoteで読むことが出来ます。
第2章
壊し方のパナマ、治め方の日本
『ショック・ドクトリン』が経済的動機を説明するものだとすれば、次に問われるのは、介入後にどのように国を統治するのかという問題です。
ここで浮上するのが、過去のアメリカの軍事介入の歴史です。
パナマモデルの再来
今回のアメリカの手法は、1989年のパナマ侵攻と酷似しています。
当時、独裁者ノリエガ将軍は戦争犯罪人ではなく、麻薬密売容疑者として拘束され、米国の裁判所で裁かれました。
今回も同様に、マドゥロ大統領は麻薬テロリストと認定され、司法手続きに乗せる形で排除されました。
戦争ではなく法執行であるという建前を用い、国際法的な批判をかわしながら、トップだけを排除する外科手術的介入。
入り口の戦略は、完全にこのパナマモデルです。
日本型統治というもう一つの参照軸
しかし、統治のフェーズに入ると、より巧妙なモデルが浮かび上がります。
それが、第二次世界大戦後の日本統治です。
GHQは、日本の統治機構を完全には破壊しませんでした。
言語も文化も異なる国を、米兵だけで直接統治するのは不可能だったからです。
その代わり、軍部指導者だけを除去し、官僚機構や行政システムは温存して利用する。
いわゆる間接統治が採用されました。
今回のベネズエラでも、同様の展開が予測されます。
米軍がスペイン語で行政実務を担うのは現実的ではありません。
だからこそ、マドゥロ一派のみを排除し、国営石油会社や警察機構といった実務部隊は、そのまま使い続ける可能性が高いのです。
この占領統治のメカニズムを理解する上で、ジョン・ダワーの『敗北を抱きしめて』は極めて重要な示唆を与えてくれます。
成功した占領と失敗する占領の分岐点
ここで冷静な分析が必要です。
日本統治が結果的に成功した最大の要因は、アメリカが本気で日本を育てる意思を持っていたことにあります。
冷戦構造の中で、日本は共産主義への防波堤として位置づけられ、資金・技術・市場へのアクセスが与えられました。
一方、今回のベネズエラ介入の動機はどうでしょうか。
前章で見た通り、没収された資産の奪還と石油利権の確保が強く意識されています。
もし目的が国家再建ではなく、効率的な資源抽出にあるとしたら。
日本型の間接統治を模倣したとしても、それが国民の生活向上につながる保証はありません。

結論
歴史のいいとこ取りは成立するか

マドゥロ拘束は、ベネズエラ国民にとって間違いなく解放の側面を持っています。
国外に逃れた800万人の難民にとって、それが帰国の切符になるなら、手段を問わないという感情も現実でしょう。
しかし、我々外部の人間は冷静に構造を見つめる必要があります。
アメリカは今、歴史上の成功例をパッチワークのようにつなぎ合わせています。
入り口はパナマ侵攻のように警察権の行使を装い、
統治は日本占領のように既存システムを効率的に使い回し、
経済はショック・ドクトリンのように混乱の中で利権を確定させる。
この歴史のいいとこ取りのような介入が、真の民主主義をもたらすのか。
それとも、吸い尽くされた抜け殻を残すだけなのか。
市場自由化の恩恵を説く声と、搾取を危惧する声が真っ向から対立しているのは、私たちがいま歴史の分岐点に立っているからでしょう。
ニュースのヘッドラインだけでなく、こうした歴史的な参照軸を手に世界を見ることで、初めて見えてくる景色があるのではないでしょうか。
それではまた、次回の記事でお会いしましょう。
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参考リンク
パナマ侵攻(United States invasion of Panama)| Britannica https://www.britannica.com/topic/United-States-invasion-of-Panama
ベネズエラ危機と石油産業の崩壊 | BBC News https://www.bbc.com/news/world-latin-america-36319877
エクソンモービル等の資産没収とCitgo競売問題 | Al Jazeera
https://www.aljazeera.com/economy/2014/10/10/venezuela-ordered-to-pay-1-6bn-to-exxon


