今回の記事の重要ポイント(三点)
・10月25日のブラジル大統領選の決選投票で、現職のルラ大統領が51.79%を得て、第1回で首位だったフラビオ・ボルソナロ上院議員を逆転し、4期目を決めた。
・同時に選ばれた議会では右派の自由党が下院の最大勢力となり、ルラ氏が政策を通すには、中道政党と予算や閣僚ポストをめぐって取引することが欠かせない。
・ルラ氏が勝利を政策に変えられるかは、中道政党との取引に加え、ボルソナロ家と近いトランプ政権の圧力と、中国への資源・農産物の輸出の間で、ブラジルが交渉の材料をどう使うかにかかっている。
ルラ氏が決選投票で逆転、4期目へ
ブラジルで10月25日、大統領選の決選投票が行われ、生活支援を重視する現職のルラ大統領(労働者党)が、ボルソナロ元大統領の長男で右派のフラビオ・ボルソナロ上院議員(自由党)を破った。得票率はルラ氏が51.79%、フラビオ氏が48.21%で、差は約440万票だった。
4日の第1回投票ではフラビオ氏が47.03%で首位、ルラ氏は45.16%だった。現地報道によると、1989年に大統領の直接選挙が再開されて以降、第1回で2位だった候補が決選で勝ったのは初めて。ルラ氏の当選は通算4回目で、就任は2027年1月5日になる。
決選の当日は、有権者の送迎に不備があったとして、最高裁のザニン判事が、まだ開いている投票所に限って投票を19時まで延長した。延長は両陣営がそれぞれ求めていたと報じられている。フラビオ氏は25日夜、延長を「試合中のルール変更」だと批判し、結果を認めないと表明した。
26日、自由党は党として結果を認める声明を出し、疑問点の説明を求めた。フラビオ氏の事務所は、ルラ氏側の権力の乱用を問う選挙訴訟を準備していると説明している。トランプ米大統領は同日、根拠を示さずに「また不正選挙のように見えた」と記者団に語った。サンパウロ株式市場では26日、代表的な株価指数のボベスパ指数が13.88%下落し、通貨レアルもドルに対して約8%下がった。
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今回の対立を理解するために
ルラ氏とボルソナロ家の対立
ルラ氏は1945年生まれで、サンパウロ近郊の工業地帯で労働組合を率いて名を上げました。2003年から2010年まで大統領を務め、2003年には貧困家庭に現金を給付する「ボルサ・ファミリア」を始めています。生活支援を広げた政権として、ルラ氏の支持の土台になりました。
退任後は汚職捜査で有罪となり、2018年4月から2019年11月まで収監されました。2021年3月、最高裁の判事が、裁判をした地方の裁判所にそもそも担当する権限がなかったとして有罪判決を取り消しています。無罪と判断したものではありません。ルラ氏は2022年の大統領選で、当時のジャイル・ボルソナロ大統領を破って3期目に戻りました。
そのボルソナロ氏は今回、立候補できませんでした。2022年の選挙前に電子投票の仕組みを攻撃したとして、選挙裁判所が2030年まで立候補を禁じ、さらに2025年には最高裁がクーデター計画の罪で禁錮27年3か月の判決を言い渡しています。代わりに候補になったのが長男のフラビオ氏です。
今回の選挙では、左派のルラ氏が教育や給付の拡大を、右派の陣営が犯罪組織への厳しい対策や保守的な価値観を前面に出しました。生活の不安も治安の不安も両陣営が訴えており、違いは何を優先し、どんな手段で応えるかにあります。
大統領は議会と組まないと動けない
ブラジルの議会は下院513議席、上院81議席で、10を超える政党が議席を持っています。大統領の党だけで過半数に届くことはまずなく、ほかの政党と連立を組んで予算や法案を通します。
その鍵を握るのが、中道の政党群「セントラン」です。特定の理念よりも、時の政権と取引して支持することで知られ、見返りに閣僚ポストや予算の配分を受けます。予算には、議員が地元の事業などに使い道を指定できる「議員修正予算」という枠があり、2026年予算では約610億レアルにのぼります。
10月4日に大統領選と同時に行われた議会選挙では、下院で自由党が121議席を得て最大勢力になりました。ルラ氏の労働者党を中心とする連合は88議席です(10月5日時点の集計)。上院でも自由党が最大会派になっています。
海外の反応
掲示板 Reddit では、開票の直後から複数のスレッドで結果が語られました。今回確認した英語のスレッドはルラ氏の再選を歓迎する声が多く、ポルトガル語の r/brasilivre はルラ政権に批判的な投稿が目立つ場です。どちらも、フラビオ氏も48.21%を得たブラジル全体の意見の分布を代表してはいません。歓迎の声とあわせて、批判や懸念も紹介します。
世界のニュースを扱う r/worldnews では、現地にいるとみられる投稿者の書き込みもありました。祝福が多いなかで、僅差を不安視する声とそれへの反論、同じ人物が4期務めることへの異論も出ています。
以下はスレッド内のユーザーコメントの抜粋・翻訳です。
こっちの雰囲気は最高だよ。この30分ずっと、みんな建物から叫んで、クラクションを鳴らして、花火を上げて祝ってる!
でも、ほんのわずかな差だよ。素晴らしい結果なのは確かだけど、これほど接戦だったのはやっぱり不安だ。
3ポイント差は小さくないよ。2022年はもっと僅差だったし。1回目でリードしていたことを考えれば、自由党にとっては屈辱的な負けだろう。
いちばん愛された人が勝ったんじゃなくて、いちばん拒まれた人が負けたんだ。少なくとも自分はほっとしている。
同じ人が4期務めるのは賛成できない。他の候補を立てるべきだった。
地図の愛好家が集まる r/MapPorn では、州ごとの勝敗を色分けした地図が共有されました。地図をきっかけに、国の分断や議会との関係、ルラ氏の年齢と後継者へと話が広がっています。
以下はスレッド内のユーザーコメントの抜粋・翻訳です。
ルラが勝ってうれしいけど、それにしてもこの国は本当に二分されてるね。投票した人のほぼ半分が自分に入れなかった国を運営するって、どんな気分なんだろう。
上院も下院も多数派は右派でボルソナロの同盟勢力だってことを忘れちゃいけない。ルラは何もできないだろうし、いつ弾劾されてもおかしくない状態で済めば運がいいほうさ。
これまで政治の投稿なんてしたことがなかったし、自分は「中道」だと思っていて、ルラに投票したこともなかった。でも今回は、街頭でもネットでも必死に運動した。明日からはまた健全に彼を批判する側に戻るけど、今日はこの結果が必要だったんだ。
悪いなトランプ、ブラジルはあんたの負け組クラブには入らない。ブラジル、メキシコ、カナダは、バナナ共和国(大国の言いなりになる小国を皮肉る言い方)みたいに振り回すには大きすぎる国なんだ。
あとは、ふさわしい後継者を見つけてくれることを願うよ。ルラが勝ったのはうれしいけど、彼は80歳だ。今回はうまくいったけど、バトンを渡さなかったせいで大失敗した例なら、バイデンを見ればいい。
ルラは権力を一手に握りたがる人物だ、という見方もある。勢いをつけ始めて自然に後継者になれたかもしれない若い左派の政治家の足を引っ張る一方で、自分で選んだ後継者は力不足だった(ルセフのように)、と。
今回確認した r/brasilivre の、この先の4年を尋ねるスレッドでは、増税や政府支出、金利への懸念が書き込まれています。
以下はスレッド内のユーザーコメントの抜粋・翻訳です。
いつもと同じだ。経済成長はぱっとせず、増税と政府支出の拡大が金利上昇につながる。今までと何も変わらない。
4期目のルラ氏を待つ三つの取引
逆転を支えたものと、その先に残る課題
中南米では2025年から2026年にかけて、エクアドルやチリなどで右派の候補が大統領選に勝ってきました。国ごとに事情は違いますが、その中で現職のルラ氏が勝ちました。
逆転の理由として報じられているのは、教育や給付の拡大への期待、ボルソナロ家が政権に戻ることへの警戒、米国の関税への反発です。どれがどれだけ効いたかは得票からは分かりませんが、三つとも勝った後に課題として残ります。給付の拡大には議会と財源が要り、ボルソナロ家の勢力は議会と地方に残り、米国の圧力も続くからです。
ルラ氏は誰と組めば政策を通せるのか
ルラ氏は勝利演説で「議会を選んだのは私ではなく国民だ。その議会と一緒に働き、法案を通していく」と述べました。新しい議会では右派が過半数を占めると報じられており、法案を通すにはセントランの票が欠かせません。
セントランが求めるのは閣僚ポストと予算の配分です。ルラ氏は3期目でも、中道右派の共和者党や進歩党の政治家を閣僚に迎えて支持を広げてきました。ルラ氏は選挙翌日に上下両院の議長と会い、閣僚の入れ替えに取りかかったと報じられています。一方でルラ氏が通したいのは、全日制の学校や高校生向けの給付といった教育・給付の拡大で、相応の財源が要ります。
中道政党へ回す予算と給付の負担を、両方賄えるのか。選挙翌日の株と通貨の急落について、現地報道はフラビオ氏の勝利を見込んでいた投資家の売りと、財政運営への懸念を挙げました。政府は歳出の伸びを抑える現行のルールを保ちつつ、高所得層への課税強化などで財源を探る構えと伝えられています。
右派も力を失ったわけではありません。下院の最大政党に加え、サンパウロ州など主要な州の知事も押さえています。ボルソナロ氏本人が立候補できないなか、タルシジオ・サンパウロ州知事らの誰が右派の次の顔になるかが、今後の動きを左右します。
トランプ政権はなぜブラジルにこだわるのか
米国の圧力は選挙の前から続いてきました。トランプ政権は2025年7月、ボルソナロ氏への訴追を理由の一つに挙げて、ブラジルからの輸入品に計50%の関税を課すと発表し、裁判を担当した最高裁判事にも制裁を科しました。この関税は2026年2月に米最高裁が違法と判断して効力を失いましたが、政権は別の通商法に切り替え、7月から25%の関税をかけています。
理由の一つは資源です。ブラジルのレアアース(強力な磁石などに欠かせない鉱物)の埋蔵量は中国に次ぐ世界2位とされ、4月には米企業がブラジルで唯一稼働するレアアース鉱山の買収に合意しました。ロイター通信は10月、誰が勝っても資源で米国に譲歩するよう強い圧力がかかるという専門家の見方を伝えています。
もう一つは中国との競争です。2025年1〜9月の輸出額では、中国向けが29.3%と、米国向けの11.3%を大きく上回ります。南米最大の国が中国に近づくことは、米国にとって地域での影響力の後退を意味します。政権に近いフラビオ氏は5月、ブラジルの大きな犯罪組織を外国テロ組織に指定するようトランプ氏に求めており、ルラ氏はこうした提案を内政干渉として退けてきました。
ただ、圧力はルラ氏に追い風にもなりました。関税の直後に「主権あるブラジル」を掲げたルラ氏の支持率が上がった調査がある一方、関税の責任はルラ氏にあるとする答えが最も多い調査もあり、評価は割れていました。トランプ氏の「不正選挙」発言はフラビオ氏の主張と重なっており、米国が関税の協議を続けるのか、ブラジル国内の右派との連携を深めるのかが次の焦点になります。
ブラジルは米中の両方とどう取引するのか
ブラジルにとって、米国と中国はどちらも切れない相手です。中国は大豆や鉄鉱石の最大の買い手で、穀物輸出業者の団体の集計として、大豆の輸出の約8割が中国向けと報じられています。米国は投資や技術の相手であり、工業製品などの輸出先でもあります。
右派の支持が厚い農業地帯も中国と深く結びついており、米国寄りを掲げる右派と、中国に売る農業界の利害は必ずしも一致しません。
ルラ氏はその間で、資源を交渉の材料にしようとしています。2026年9月には重要鉱物の国家政策を定める法律を作り、国連総会では、外国が資源を手に入れるならブラジル国内での加工や技術移転と結びつけるべきだと訴えました。
ロイター通信は、ルラ氏が主権や多国間の協調、新興国の枠組みBRICSを重んじ、フラビオ氏はトランプ政権に近いと整理しています。BRICSを重んじる姿勢は、中国の陣営に入るためというより、米国との交渉で選択肢を手放さないためのものと見ることができます。
日本にとっても無関係ではありません。2025年3月のルラ氏の国賓訪日では、2030年までの協力の行動計画がまとまり、官民で約80件の協力案件が発表されました。米中のどちらにも付き切らない国とどう関係を築くかは、日本の外交の課題とも重なります。
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勝利を政策に変えられるか
最初の数か月で見えてくるもの
ルラ氏の逆転については、生活支援への期待、ボルソナロ家への警戒、米国への反発といった複数の要因が報じられています。ただ、勝った後に向き合う議会では右派が多数を占め、市場は財政を、米国は資源と関税をめぐる取引を見ています。選挙の勝利は、この三つとの交渉の出発点にすぎません。
勝利を政策に変えられるかは、次の三つの場面で見えてきます。2027年1月の就任に向けた閣僚人事と、2月に始まる新しい議会での最初の予算交渉で、中道政党が何と引き換えに支持するのか。関税の協議の場で、米国との取引がどこまで進むのか。そして重要鉱物や農産物をめぐって、米国と中国の双方からどんな条件を引き出すのか。
ルラ氏は10月27日で81歳になりました。4期目を終えたあと、左派の路線を誰に引き継ぐのかという問いも、これからの4年の中で重くなっていきます。
それではまた、次回の記事でお会いしましょう。
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関連書籍紹介
『ブラジルが世界を動かす』
宮本英威(平凡社/2024年10月刊)
南米に7年半駐在した記者が、グローバルサウスの主要国として存在感を増すブラジルを、国内政治の左右の対立、米中の間での外交、アマゾンの環境問題、農業・産業、日本との関係から描いた一冊です。
今回の記事で扱った、ルラ氏の復権の背景にある左右の対立や、米国と中国の両方と取引するブラジルの立ち位置を、もう一段広い視野でつかみたい読者に向いています。選挙のニュースだけでは見えにくい、ブラジルという国の重さが伝わります。
『現代ラテンアメリカ政治』
村上勇介・出岡直也・山岡加奈子・馬場香織・狐崎知己(法律文化社/2025年11月刊)
政治体制の異なるラテンアメリカの国々を取り上げ、それぞれの歴史を踏まえて政治・社会の状況や国際関係を解説する入門書です。ブラジルにも1章が充てられています。
今回の記事で触れた、中南米で右派の勝利が続く流れの中でブラジルの選挙を位置づけたい読者に向いています。国ごとに事情が違うという点を、各国の章を読み比べて確かめられます。
参考リンク
- Lula é reeleito para quarto mandato de presidente|Agência Senado
- Flávio não reconhece vitória de Lula e tentará anulação do pleito|Agência Brasil
- Trump says, without evidence, that Brazil election looks rigged|Reuters(MarketScreener掲載)
- Mercado financeiro: Ibovespa e dólar em 26 de outubro de 2026|CNN Brasil
- Bancada dos partidos na Câmara|CNN Brasil
- Reeleito, Lula despacha no Alvorada e prepara reforma ministerial|Poder360
- Lula reeleito: quais promessas da campanha ficam para o quarto mandato|InfoMoney
- STF conclui julgamento de ações contra réus que planejaram golpe de Estado|STF
- Fact Sheet: President Donald J. Trump Addresses Threats to the United States from the Government of Brazil|The White House
- USTR Section 301 Action: Brazil’s Unreasonable Acts, Policies, and Practices|USTR
- Brazil election to reshape trade with US, with tariffs and minerals at stake|Reuters(Internazionale掲載)
- China strengthens lead in Brazilian exports|Datamar News
- Lula defende soberania sobre minerais críticos e cobra agregação de valor no Brasil na ONU|Cenário Energia
- 日・ブラジル共同記者発表(2025年3月26日)|首相官邸


