今回の記事の重要ポイント(三点)
・2026年7月12日、イラン革命防衛隊海軍がホルムズ海峡の再封鎖を宣言した。翌13日、トランプ米大統領は米国を「ホルムズ海峡の守護者」と宣言して全貨物への20%の料金徴収を表明し、米軍は14日夜(世界標準時)からイラン港湾への海上封鎖の執行を再開すると発表した。
・国際海峡の通航は、国連海洋法条約の通過通航権により、「許可も料金も要らない」のが戦後の大原則で、IMO(国際海事機関)は通行料構想に「法的根拠が存在しない」と反対を表明した。169年前、デンマークの海峡通行税を各国が買い取って廃止したとき、その側には米国がいた。
・封鎖するイランと守護を名乗る米国は、立場は正反対のまま、海の通航に許可と値段が付くという同じ方向へ動いている。米国は戦術面で相当の成果を挙げており、問題はその勝利を換金しようとした瞬間に、秩序の担い手としての信用という別の資産を差し出しつつあることにある。
ニュース
イラン革命防衛隊海軍は7月12日、ホルムズ海峡を「追って通知があるまで」封鎖すると宣言した。解除の条件として「地域における米国の干渉の終了」に言及したと報じられている。宣言に先立つ11日夜(世界標準時)には、海峡を東へ航行中のキプロス船籍コンテナ船GFSギャラクシーが船尾付近を被弾して航行不能となり、乗組員24人のうちインド人船員1人が死亡した。革命防衛隊側は「無許可の航路を使い、進路変更の警告を無視した船への対応」と主張し、米中央軍は革命防衛隊による攻撃と断定して「合法的に国際水路を航行する商船への攻撃」と非難した。
これに先立ち米軍は7月7日から11日にかけて3夜にわたり、イランの防空システム、沿岸監視網、対艦ミサイル、革命防衛隊海軍の艦艇や小型艇など、計300を超える目標を空爆したと報じられている。米中央軍は攻撃の目的を「海峡を自由に通航する商船を攻撃するイランの能力を劣化させること」と説明した。イラン側はバーレーンやクウェートなど湾岸諸国の米軍拠点にミサイルとドローンで報復し、6月17日に署名された米イラン間の暫定合意「イスラマバード覚書」の体制は、署名から3週間で崩壊した。
トランプ大統領は13日、自身のSNSへの投稿で「米国は今後『ホルムズ海峡の守護者』として知られることになる」と宣言し、「公平の問題として、この極めて不安定な海域に安全を提供するために必要なあらゆるコストについて、輸送される全貨物に対し20%の料率で償還を受ける」と表明した。同時にイラン港湾への海上封鎖の再開を発表し、米中央軍は14日午後8時(世界標準時、日本時間15日午前5時)から、イランの全海岸線・港湾・石油ターミナルを対象に、船籍を問わず封鎖を執行すると発表した。イラン以外の目的地に向かう船舶の海峡通過は妨げないとしている。一方、20%の対象が貨物の価額なのか運賃なのか、誰がどう徴収するのかは示されていない。
IMOのドミンゲス事務局長は「国際航行に使われる海峡の通航への課金に、IMOは一貫して断固反対してきた」「海峡を通過するだけで強制的な通行料を導入する法的根拠は存在しない」と述べた。市場では北海ブレント原油先物が13日に9%台の急騰となり、14日には一時1バレル86ドル前後まで上昇した。船舶追跡データに基づく集計では、13日にホルムズ海峡の通航が確認された商船は6隻と、危機発生以降でも最低の水準に落ち込んだと報じられている。現在の焦点は、宣言された「警備料」が実際の制度になるのか、そして二つの封鎖が重なった海峡で通航がどのような形で再開されるのかに移っている。
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補足説明
開戦から二度目の封鎖までの経緯
今回の再封鎖は、2月末に始まった戦争の中の一場面です。経緯を時系列で整理すると次のようになります。
- 2月28日: 米国とイスラエルが「エピック・フューリー作戦」でイランの軍事・核関連施設を大規模空爆。開戦。初撃でハメネイ最高指導者が死亡したと報じられる
- 3月4日: イランがホルムズ海峡の「封鎖」を宣言。船舶保険の引受が止まり、商業通航が急減
- 3月下旬: イランが中国、ロシア、インド、パキスタンなど「友好国」の船舶に通航を許可
- 4月8日: 停戦合意。しかし4月13日に米海軍がイラン港湾への封鎖を開始し、イランが海峡を、米国がイランの港を止め合う「二重封鎖」に
- 6月17日: パキスタンの仲介で「イスラマバード覚書」に署名。60日間の停戦延長、海峡の安全通航への努力、石油輸出制裁の停止などを盛り込んだ枠組み合意と報じられる
- 7月6日〜8日: ホルムズ海峡周辺で商船への攻撃が相次ぎ、覚書体制が崩壊
- 7月7日〜11日: 米軍が3夜で計300超の目標を空爆したと報じられる
- 7月12日: 革命防衛隊海軍が再封鎖を宣言
- 7月13日〜14日: 米国が「守護者」宣言と20%の料金構想を表明し、イラン港湾への封鎖を再執行
この間、イランの指導体制も大きく揺れました。死亡したハメネイ師の後継には、専門家会議が子のモジュタバ師を選出したと報じられていますが、実権は革命防衛隊を軸とする集団指導に分散しているという分析もあります。覚書に署名したのはペゼシュキアン大統領ですが、海峡で引き金を握っているのは革命防衛隊です。この「署名する人」と「撃つ人」のずれが、後の考察で見る論点につながります。
海峡の通航はなぜ「無料」だったのか
国際海峡の通航には、沿岸国の許可も料金も要らないというのが、戦後の海洋秩序の大原則です。国連海洋法条約は、国際航行に使われる海峡でのすべての船舶の「通過通航権」を保障し、沿岸国はこれを停止できないと定めています(第44条)。領海の通航への課金も、通航そのものを理由とするものは禁止され、認められるのは水先案内など個別の役務の対価だけです(第26条)。ホルムズ海峡は最も狭い部分で幅約33キロ、大型船が実際に使う分離通航帯の最狭部は、入航・出航ともオマーンの領海内にあります。
スエズ運河やパナマ運河に通航料があるのに、と感じるかもしれませんが、運河は人の手で掘られた水路で、建設と維持の対価としての通航料が国際的に認められてきました。自然の海峡はその逆で、「たまたま地理的にそこに国があるだけで通行人から金を取ってはならない」という原則が条約に書き込まれています。
この原則には、値札を外した歴史があります。デンマークは1429年から、バルト海の入口ズント海峡を通る船に通行税を課し、一時は国家歳入の3分の2を稼ぎました。428年続いたこの通行税は1857年、各国が一時金を出し合って将来にわたる無料通航を買い取る形で廃止されます。米国も同年、別建ての二国間条約でこの買い取りに加わりました。
軍艦が並ばなくても海は止まる
この危機で海峡を止めてきたのは、機雷や軍艦そのものというより、保険と許可の消滅です。3月の封鎖宣言の際も、物理的に水路が塞がれたわけではありませんが、船舶保険の引受が止まった時点で商業通航は成立しなくなりました。今回も、革命防衛隊の宣言と商船攻撃、それに続く米軍の空爆で保険リスクが跳ね上がり、通航は宣言の前から細っていました。
しかもこの封鎖は一律ではありません。イランは3月以降、中国、ロシア、インド、パキスタンなどの「友好国」の船に通航を許可してきました。止まっているのは主に西側系の船で、封鎖というより「イランの承認を通航の条件にする体制」に近い運用です。一方の米国の封鎖も、対象はイランの港に出入りする船に限られ、海峡の通過自体は妨げないとしています。それぞれが「海峡は開いている」と言い張れる建て付けのまま、どちらの許可も要らずに通れる海が消えました。
代わりの道は限られています。ホルムズ海峡は2024年時点で日量平均2,000万バレルの石油が通過し、世界の石油消費の約2割、LNG(液化天然ガス)取引の約2割を運んできました。海峡を迂回できるサウジアラビアの東西パイプラインとUAEのフジャイラ向けパイプラインの余剰能力は、米エネルギー情報局(EIA)の推計で合計日量約260万バレルにとどまります。日量2,000万バレルの通過量に対して、逃がせるのは1割強という計算です。
海外の反応
トランプ大統領の「守護者」宣言と20%の通行料は、英語圏の掲示板でも即座に大きな話題になりました。r/worldnewsに立ったスレッドは1日で1万8,000を超えるポイントと2,700件近いコメントを集めています。論調は米国への批判と皮肉に大きく傾いており、以下もその傾きのまま抜粋しています(英語圏のネット上の反応であり、各国の世論を代表するものではない点はご留意ください)。
以下はスレッド内のユーザーコメントの抜粋・翻訳です。
なんで米国が通行料を取るんだ(笑)
イランがやってるのを見て、これは監査もされずに懐に入る金になると思ったんだろう。文字通り、マフィアのみかじめ料のやり口だよ。
国際水域で通行料を取るのは違法だ。少なくとも、イランがやろうとした時にルビオ国務長官はそう言っていた。
他の誰かがやれば違法で、自分たちがやればOK。この政権の一貫したやり方だ。
先月のルビオ国務長官「国際水路で通行料や手数料を課すことは、いかなる国にも許されない。それが現行の国際法だ」
近い将来のルビオ国務長官「先日、大統領は状況について誤って発言しました。実際には通行料ではありません。海峡を航行する船舶に我々が提供している保護への支払いを、受け取るだけです」
イランの承認なしに海峡を再開させる力はどう見てもないんだから、これはただのポーズだ。
その通り。保護を提供する能力がないのに、「みかじめ料」を取り立てられる立場にはない。
このみかじめ料は、海峡を出たあとに米海軍から撃たれないための金だよ。
まったく中身のない脅しだけどな。米海軍が本当に貨物船に発砲するのか?
もうやってるよ。4月の封鎖では、従わなかった貨物船の機関室を米海軍の駆逐艦が砲撃したと報じられてる。
米国がこの戦争を始める前は、誰も通航に金なんて払っていなかった。国際法で合意されていた通りにね。それが今では、世界が米国に20%払うことになる。素晴らしいね。次は何だ? スペインを攻撃して、ジブラルタル海峡の交通を「守る」ために20%取るのか?
もっとずっと根深い話だ。他のどの国も持たないアメリカの外洋海軍という存在を正当化してきたのは、世界の航行の自由を保証するという役割そのものだった。だからこそ米海軍は世界中の港に寄港を許されてきた。米国が200年間、本当に一貫して守ってきた原則なんだ。
アメリカ人として、自分もそう見ている。これはアメリカの覇権に正統性を与えてきた、核心の原則への裏切りだ。
換算すると、海峡を通る原油1バレルにつき15ドルの通行料だ。イランの通航料は1バレル約1ドルだった。私ならイラン側のレーンを選ぶね。
仮に実施されたとしても、最終的に払うのは消費者だ。ガソリン価格を楽しんでくれ。
すでに安全保障に莫大な金を払っている湾岸の「同盟国」たちが、まとまってこれを拒否することを願う。自分たちが引き起こした問題の後始末に通行料を作るなんて。最高裁に止められた関税の減収分を、海峡を出る石油への20%で埋め合わせる算段だろう。ただの強欲だ。
中国の船が「通行料」を求められて断ったら、どうなるんだ? 国際水路で中国船を攻撃するほど、米国は正気を失っているのか?
これは結局、「海峡に通行料を課す権利がある」というイランの怪しげな主張を、正当化してやるだけの話だ。
考察・分析
覚書は攻撃を止めず、攻撃に言葉を与えた
イスラマバード覚書は、署名から3週間で停戦の装置ではなくなり、双方が自分の武力行使を正当化するための語彙集になりました。革命防衛隊は商船への攻撃を「無許可航路への対応」「警告を無視した船への警告射撃」と呼び、米中央軍は空爆を「覚書を守る機会を与えたが、また果たされなかった」ことへの対応と説明します。どちらも「先に破ったのは相手だ」と言い、合意文書は守られるためではなく、引用されるために存在しています。
先に規範の線を越えたのは、商船を撃つという行為です。GFSギャラクシーではインド人船員が死亡し、この危機を通じて複数の商船で船員が命を落としています。通過通航は条約上「停止できない」権利であり、武装した国家組織が民間の船員を標的にすることは、どんな文脈をまとっても対抗措置の語彙には収まりません。
それでも、イランの行動には体制なりの合理があります。制空権を失い、指導部を殺され、核施設を破壊された体制に残った数少ないカードが、海峡の「承認権」でした。自国の原油輸出まで犠牲にする封鎖が続くのは、失うものの少なさがそのまま交渉力になる構図だからです。友好国への例外発行は、封鎖を対西側に限定して、非西側世界を敵に回さないための設計でもあります。そしてもう一つ、覚書には最初から答えのない問いが埋まっていました。署名したペゼシュキアン大統領と、海峡で引き金を握る革命防衛隊のどちらがイランを代表するのか、という問いです。「誰の署名がイランを拘束するのか」が曖昧なままの合意は、破られたときに「解釈の違い」として処理されてしまいます。
受益者負担の筋と、二度目の法の壁
「守ってやるから払え」という理屈そのものには、認めるべき筋があります。ホルムズ海峡の安全は長年、米海軍のプレゼンスという形で供給され、その費用は米国の納税者が負担してきました。受益したのは石油の買い手です。日本は原油輸入の約95%を中東に頼り、そのほぼ全量がこの海峡を通ります。危機が始まってからの日本は、約200日分の石油備蓄を放出しながら水準を維持し、ガソリン価格は補助金で1リットル169.9円(7月6日時点)に抑え込んでいます。経済産業省の資料によれば、補助がなければ実勢は206円台でした。海峡の安全が崩れたときの請求書は、すでに税金と備蓄という形で日本の家計にも届いています。
ただし、湾岸諸国は基地の受け入れと兵器購入で、日本は駐留経費の負担や2020年から続く自衛隊の中東での情報収集活動で、相応の対価を払ってきました。米海軍のプレゼンス自体、ドルと通商網という米国自身の利益の土台でもあります。受益と負担は最初から相互に絡み合っていて、一方的な無賃乗車という整理は実態より単純です。
そして課金には、理屈の当否より手前に法の壁があります。国連海洋法条約は通航だけを理由とする課徴金を認めず、IMOの事務局長は「法的根拠が存在しない」と応じました。ルビオ国務長官自身、以前は「いかなる国も国際水路で通行料を課すことは許されない」と述べていたと報じられています。大統領の一存による課金が壁に当たるのは今年2度目です。2月には連邦最高裁が、IEEPA(国際緊急経済権限法)に基づく関税について「法律は大統領に関税を課す権限を与えていない」と6対3で退けました。議会や条約の手続きを迂回し、「公平」を根拠に課金を宣言する手法そのものが、国内では司法に、海では国際機関に、繰り返し線を引かれています。米国はこの海洋法条約自体を批准していないため、条約が米国を直接縛るわけではありません。ただ、海峡の通過通航の自由は、米国自身が慣習国際法として世界中の海で援用してきた原則で、課金はその原則の上に自分だけの例外を作る宣言でもあります。
それでも前例の重さは残ります。マラッカ海峡、バブ・エル・マンデブ海峡、トルコの両海峡。世界の物流は、ホルムズと同じように狭い水路に依存しています。沿岸国や域外の大国が「守ってやるから払え」と言い出したとき、それを断る論理を世界はまだ共有できていません。1857年にズント海峡の通行税を各国が葬ったとき、その原則の側に米国がいました。今回の宣言が制度になれば、原則を作った側の国が、原則を葬り直すことになります。
戦術の収支表では米国が勝っている
開戦から4か月半の収支を項目ごとに並べれば、軍事的な目標の達成度は米・イスラエル側が圧倒しています。開戦初撃はハメネイ師を含む指導部を直撃し、核開発の中枢だったフォルドゥの濃縮施設は機能を失ったと評価されています(後退の幅については、イスラエル側の「2年以上」から米情報機関の「9〜12か月で大きく変わらない」まで評価が割れています)。7月の3夜の空爆は、対艦ミサイルと小型艇という革命防衛隊の商船攻撃の道具を直接叩き、港湾封鎖はイランの原油輸出をほぼ封じました。最大の買い手だった中国の輸入も半減したと報じられています。「イランの脅威能力を削る」という限定された物差しで測るかぎり、作戦は目的を達しつつあります。
勝っている側がなぜ課金を言い出すのかには、二つの線が引けます。一つは国内政治で、長引く軍事作戦の費用を「同盟国に負担させる」と言えることは、介入疲れの世論への説明になります。NATOの国防費2%論争で使われた費用分担の文法を、海の安全保障に持ち込んだ形です。もう一つの線は交渉術で、高い初期要求を打ち上げ、実施の詳細は空けたまま、相手の譲歩を待つのは関税交渉で繰り返されたパターンでした。20%が本気の制度設計なのか、湾岸諸国や荷主から別の対価を引き出すためのカードなのかは、まだ分かりません。ただ、どちらであっても、「海の安全は無料ではない」という前提の書き換えは、宣言の時点で既に始まっています。軍事的優位はいつか失われますが、一度成立した請求の前例は残るからです。
そして、この収支表には利息が付いています。イラン国会からは、再び全面攻撃があれば核ドクトリンの変更を検討するという発言が出ており、核計画はフォルドゥより深い、英語で「ピックアックス(つるはし)山」と呼ばれる山岳地下施設へ移り始めたと報じられています。戦術的勝利が作り出したのは、より深く隠れ、より追い詰められた相手でもあります。
勝者への請求書は同盟国に届く
20%の料金がもし実施されれば、最初に払うのは敵ではなく、米国の同盟国と中立国です。海峡を通る原油の持ち主はサウジアラビア、UAE、クウェート、カタールであり、買い手は日本、韓国、インド、そして中国です。イランはすでに友好国だけを通す例外の網を張っており、課金の網にかかるのは主に西側と、その側に立つ国の荷物になります。守護者の請求書が同盟国に回り、敵は例外網で互いの顧客を守り合う。この構図のねじれは、料金が高いことよりも深刻です。
沿岸国オマーンの位置も軽くありません。大型船の航路帯の最狭部はオマーン領海内にあり、米国の課金はオマーンの主権への挑戦という顔を持ちます。そのオマーンは、海峡の通航を南北二つの回廊に分け、オマーン水域の南回廊は戦前と同じ自由通航、イラン水域の北回廊はテヘランの事前承認制とする調停案を起草したと報じられています。膠着の現実的な出口候補ですが、この案が通れば、海峡の一部に「許可制の海」が公認されることにもなります。自由通航の原則を守るための妥協が、原則の一部放棄を含む。ここにも出口の難しさが表れています。
失われつつあるのは、米国主導の秩序への信頼そのものです。ルールを書いた国がルールの外で課金を宣言し、ルールを壊した国が例外を売る。この構図は、「それなら中国の方がまだ計算できる」という損得勘定を非西側世界で成り立ちやすくします。中国への信頼が上がったのではなく、比較の相手が下がったという、相対価格の変化です。その中国も、輸入の半減と自国の製油所への制裁で、言われるほど無傷の漁夫ではありません。それでも「ルールを書き換える米国」と「ルールの隙間で実利を拾う中国」の対比は、どちらと付き合う方が予測可能かという計算を確実に変えつつあります。
総括
海を閉じたのはイラン、値札を付けたのは守護者
ホルムズ海峡はこの4か月半で二度閉じ、そのたびに「開いたら元通り」ではない何かが積み上がりました。保険料、迂回コスト、承認の網、そして警備料の宣言。海を閉じたのはイランですが、海の自由に初めて公然と値札を付けたのは、守護者を名乗った側でした。両者は敵対しながら、通航には誰かの許可と対価が要るという同じ前提を、反対側から書き込んでいます。
この海峡はいずれ再び開くでしょう。ただ、無料には戻らない可能性が高い。そして世界には、ホルムズと同じ細い水路がいくつもあります。次にどこかの海峡で同じ請求書が届いたとき、それを断る原則を、世界はまだ立て直せていません。1857年、各国は金を出し合って「海の自由」を買い取りました。今度その自由を買い戻す番が来たとき、支払うのは誰で、相手は誰なのか。この問いは、海峡が再開した後も残り続けます。
それではまた、次回の記事でお会いしましょう。
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関連書籍紹介
『海の地政学 覇権をめぐる400年史』
竹田いさみ(中央公論新社/2019年11月刊)
大航海時代のスペイン・ポルトガルから、オランダ、大英帝国、そして米国と中国まで、400年にわたって海と海峡を制した国がなぜ世界の覇権を握ってきたかを描く一冊です。マラッカ海峡や喜望峰など、狭い水路をめぐる争奪戦が繰り返し覇権の行方を決めてきたことを、豊富な史実で示しています。
今回の記事で扱ったホルムズ海峡の「通行料」構想も、突き詰めれば同じ問い、狭い海の自由を誰が保証し、その対価を誰が負うのかという問いの現代版です。海峡と覇権の関係を歴史から俯瞰したい読者に向く一冊です。
『インド洋圏が、世界を動かす モンスーンが結ぶ躍進国家群はどこへ向かうのか』
ロバート・D・カプラン著 奥山真司・関根光宏訳(インターシフト/2012年07月刊)
ペルシャ湾からアフリカ東岸、インド、東南アジアまで、モンスーン(季節風)が結んできたインド洋圏の国々を、地政学の視点から横断的に描いた一冊です。中東の産油国と、その先の巨大な消費地を結ぶ航路が、なぜ大国の関心を引き続けるのかを丁寧に追っています。
今回の記事で扱ったホルムズ海峡は、まさにこのインド洋圏の入口に位置する水路です。海峡一点のニュースの先にある、湾岸からアジアまでを貫く地域の力学を知りたい読者に向く一冊です。


