与党が主婦年金の縮小を検討 3号見直しで扶養と年金制度の今後を考える

今回の記事の重要ポイント(三点)

・自民党と日本維新の会は、主婦年金とも呼ばれる第3号被保険者制度の縮小を検討する方向で一致した。

・今回の論点は税の扶養ではなく、配偶者が保険料を直接払わずに年金加入期間を積み上げられる社会保険側の扶養優遇にある。

・106万円、130万円の壁による就業調整と、子育てや介護家庭への負担増への不安が重なり、SNSでも繰り返し議論を呼ぶテーマになっている。


ニュース

自民党と日本維新の会は4月13日の社会保障制度改革に関する実務者協議で、会社員らに扶養される配偶者が保険料を自己負担せずに基礎年金を受け取れる「第3号被保険者制度」について、縮小する方向で検討を進めることで一致した。

第3号被保険者制度は、主に専業主婦らを対象としてきた仕組みで、見直し論は以前から続いていた。今回の協議では直ちに廃止を決めたわけではなく、今後の制度設計の中で対象範囲の見直しを具体化していく方針が確認された。

一方で、この見直しは子育て世帯や低所得の配偶者に負担増をもたらす可能性があるとして、制度変更には丁寧な議論が必要だとの声も出ている。


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補足説明

扶養優遇には税と社会保険の二つがある

配偶者や子どもがいる家庭では、「扶養に入る」という言い方がまとめて使われがちです。

ただ、実際には中身が二つあります。ひとつは税金で、配偶者控除のように税負担が軽くなる仕組みです。もうひとつは社会保険で、健康保険の扶養や、配偶者の年金の扱いが含まれます。

今回動いているのは、税ではなく、この社会保険側の話です。会社員や公務員に扶養される配偶者のうち、一定の条件を満たす20歳以上60歳未満の人は、年金制度上の「第3号被保険者」として扱われます。

第3号に入っている間は、自分で国民年金保険料を納めなくても、老後の基礎年金につながる加入期間として認められます。保険料を配偶者が個別に払っているわけではなく、厚生年金に入っている人たち全体で支える仕組みです。


なぜ見直し論が強いのか

この仕組みは、夫が外で働き、妻が家庭を担う家族像が一般的だった時代には理解されやすい制度でした。

ただ、いまは共働き世帯が増え、自分で保険料を払う人が当たり前になっています。その中で、配偶者の立場によっては本人負担なしで基礎年金を積み上げられることに、不公平感が出やすくなりました。扶養の範囲内にとどまる方が有利に見えやすく、就業調整を生みやすいことも、見直し論が強まる理由です。


106万円と130万円の壁

不安を強くしているのが、いわゆる106万円の壁と130万円の壁です。一定の収入水準を超えると、勤務先の社会保険に加入するか、配偶者の扶養から外れて国民年金や国民健康保険の負担が発生します。

収入が増えても手取りが思ったほど増えないため、「もう少し働けるけれど、壁を越えると損に見える」という感覚が生まれやすくなります。第3号の対象を狭める議論が不安視されるのは、この段差の問題がそのまま残ると、制度の見直しが家計への負担増として見えやすいからです。

少し前に話題になった103万円の壁や178万円の壁も、「壁」という言葉で一緒に語られやすいですが、今回の中心は税ではなく社会保険の負担です。ここが混ざると話が分かりにくくなりやすいです。


扶養を外れた後の道は一つではない

扶養から外れたら、全員が一律にフルタイムで働かなければならないわけではありません。

勤務先の条件を満たせば厚生年金と健康保険に入り、保険料は本人と会社が原則半分ずつ負担します。条件に当てはまらなければ、第1号として自分で国民年金を納める形になります。

つまり、今回の論点は「全員を無理に働かせるか」ではなく、無拠出で第3号として扱う範囲を今後どこまで残すのか、そして働き方が限られる人をどう支えるのかという点にあります。


海外の反応

以下はスレッド内のユーザーコメントの抜粋・翻訳です。


これには賛成。
働けるのに家にいて、パートすらせず、自分では負担していないのに受け取れる仕組みはさすがに持続不可能でしょ。
もちろん働くうえでの課題があるのは分かるよ。
でも、私も夫もちゃんと負担してるのに、どうしてそうじゃない人まで同じように受け取れるのって話になる。
本来は、女性の労働参加をもっと後押しするべきなんだよ。
実際、日本人女性には単純に働きたくない人がかなりいるのも事実だし。


いや、何を負担してるのかって、子どもを産んで育てて、次の世代をつくってるじゃない。
それってフルタイムの仕事以上に重い役割だよ。
もちろん、家庭を持ちながら女性が働けるよう後押しするのは大事だと思う。
でも現実にはそこが全然できていない。
そのうえで、ただでさえ心もとない年金まで減らすのかって話だよ。


でもさ、扶養に入ってる人がみんな子育てしてるわけじゃないでしょ。
働かない女性なんていくらでもいるよ。
私の友人にも、40歳で仕事を辞めて今は60歳、子どももいないし、パートすらしていない人がいる。
こういう女性は本当に多いし、そもそも働く気がない人もかなりいる。
これは大きな問題だし、経済の重荷にもなってる。
子どもがいる場合だって、働けるなら働いた方がいい。
夫が病気になったり亡くなったりして、急に自分が子どもを養わなきゃいけなくなるかもしれないんだから。
大変なのは分かるけど、受け取るならある程度は負担もしないと。
日本はもう、これを延々と続けられる余裕はないと思う。


だから本来やるべきなのは、年金を削ることじゃなくて、働けるように支えることなんだよ。
子どもを産んで何年も育ててきた人たちまでまとめて切るのは違うでしょ。
いつものことだけど、みんなの機会を広げるために投資するより、削る方がずっと簡単なんだよね。


いや、そこは両方やる必要があると思う。
厳しいのは分かるけど、この時代に女性が家計を夫に全面依存するのはやっぱり危ういよ。
私だったら絶対にそんな立場にはなりたくない。
この20年で、フレックスタイムとか早退のしやすさとか、働き方はかなりマシになった面もあるし。
それでも、女性が仕事を辞めて、そのまま二度と戻らないことで自分のキャリアを傷つけてるのも事実だと思う。
正直に言えば、中国人女性のほうがその点ではずっと上昇志向が強い印象がある。
この国では、向上心とか意欲がかなり乏しい女性を本当にたくさん見てきたし、それも問題の一部なんじゃないかな。


またひとつ、子どもを持つ気をなくさせる材料が増えたってことか。まあ、今さら驚く話でもないけど。


この政府って、本当に女性が嫌いなんだなって思うよ


実際には、専業主夫にも同じように適用される話ではあるけどね。


それは確かにその通りだね。
とはいえ、ここの政府はたぶん女性以上に専業主夫を嫌ってそうでもある
しかも、100万人以上いる引きこもりのことも気になってきた。親が亡くなれば、そういう人たちが今後もっと多く孤立死みたいな形で見つかることになるんじゃないか。
長いこと働いていない、あるいは一度も働いたことがないなら、年金保険料をきちんと払い続けている人はそんなに多くないだろうし。


収入がないのに、本当に年金保険料を払ってると思う?
親に養ってもらってるのは収入とは言わないよ。


いや、もちろん払ってないだろうね
その一方で、在宅勤務してる人が一人二人くらいはいるといいけど。たぶん。
でもまあ、今後数年でかなりやるせないニュースがもっと増えるのは間違いなさそうだ。


誤解していたら悪いんだけど、要するにこれは、一度も働いたことがない専業主婦や専業主夫が、配偶者が亡くなったあとに年金を受け取れないようにしようとしてるってこと?
うちの配偶者の祖母がまさにその状況だから、政府が狙ってるのはこういう人たちなのかなと思って気になった。


むしろ他の政党が、自分たちの看板が意味するものを取り違えてるんじゃないかと思う。
保守右派のほうが労働組合の代表として好意的に見られている政党すらあるくらいで、冗談みたいな話だよ。
そのせいで、もともと労組系だった政党が、設立時の理念とは違う、労働者階級と関係ない価値観で見られるようになっている。
こういうことが当たり前みたいになってきたのが、今でも信じがたい。


考察・分析

昭和型の家族モデルを前提にした制度の賞味期限

第3号被保険者制度は、1985年の年金改革で、会社員に扶養される配偶者にも自分名義の基礎年金を持たせるために導入された仕組みです。もともとは、専業主婦が離婚や死別で老後保障を失いやすかった時代に、無年金や低年金を防ぐ役割を果たしてきました。制度ができた当時には十分な意味がありましたが、その前提になっていた「夫が外で働き、妻が家庭を担う」という標準世帯像は、いまの日本ではもはや標準とは言いにくくなっています。

実際、2024年時点で共働き世帯は1,300万世帯、専業主婦世帯は508万世帯です。制度が守ろうとした家族像そのものが少数派に近づく中で、扶養される配偶者だけが本人負担なしで基礎年金を積み上げられる仕組みは、どうしても説明が難しくなってきました。今回の見直し論は、単なる財政の帳尻合わせというより、家族単位で組まれた社会保障を個人単位に近づけていく流れの中で起きています。


与党と維新がこの時期に動いた理由

4月13日に自民党と日本維新の会が第3号縮小の方向で一致したのは、思いつきの一案ではありません。両党は対象範囲を狭める方向で検討を進め、2026年度中の制度設計につなげる流れを確認しました。直ちに廃止する話ではない一方で、政治日程にははっきり乗ったと言えます。

背景にあるのは、維新が前面に出している「社会保険料を下げる改革」です。維新は、現役世代の負担が膨らみ続ける構造を変えることを看板政策にしており、医療費の効率化や応能負担の見直しと並んで、第3号見直しもその一部に位置づけています。自民党にとっても、専業主婦世帯への配慮だけでは現役世代の不満を抑えにくくなっており、維新と改革の痛みを分け合う余地が生まれています。今回の一致は、与党単独では踏み込みにくかった領域に、維新の圧力を使って踏み込んだ面があります。


本当の論点は3号そのものより「働くほど損に見える構造」

この問題でより重要なのは、第3号という言葉そのものより、扶養の範囲内にとどまる方が得に見える制度設計です。厚労省は「年収の壁・支援強化パッケージ」で、106万円や130万円付近で社会保険料負担が発生し、手取り減が就業調整の要因になっていることを認めています。制度がそう見せている以上、「働けるのに働かない」という話に単純化するのは無理があります。

この歪みは、本人の所得だけでなく、企業の人手不足や労働市場の柔軟性にも影響します。短時間労働者の適用拡大が進んでも、壁を意識して労働時間を抑える行動が残る限り、人手不足対策、女性の所得向上、将来の年金水準の底上げを同時に進めるのは難しいです。3号縮小の議論が繰り返し出てくるのは、制度そのものより、働き方をゆがめる構造が放置できなくなっているからです。


それでも反発が消えないのは、ケアの価値を代替できていないから

ただ、縮小に理屈があるからといって、反発を軽く見ると改革は失敗します。第3号に入っている人の中には、単に働いていない人ではなく、育児、介護、家事の負担を家庭内で引き受けている人がいます。ここを一括して「無拠出の優遇」とだけ見ると、現場の生活感覚からはかなりずれてしまいます。SNSでこの話題が繰り返し荒れるのは、難しい制度論だからだけではなく、「家の中で担ってきた役割がゼロ評価されるのか」という怒りに触れやすいからです。

実際、専門家の整理でも、第3号見直しは単純な切り下げではなく、女性の就業、少子化、ケア負担の分担と一体で考える必要があるとされています。制度の公平化だけを前に出して、保育、介護支援、就業継続支援が伴わなければ、改革は現実には「負担だけが増えた」と受け止められやすいです。


現実的な着地点は「一気の廃止」ではなく「段差を薄くする改革」

現実的なのは、第3号を一気に切ることではなく、被用者保険の適用拡大で自然に縮小させながら、育児や介護で就業を増やせない時期を別の仕組みで支えるやり方です。厚労省も、短時間労働者への適用拡大と壁対策を進めており、方向性としては「扶養だから守る」から「働き方に応じて加入し、その代わり保障を厚くする」へ動いています。

社会保険に入れば、本人負担だけでなく会社負担も入り、老後の年金や医療保障は一定程度厚くなります。ただ、それだけで不安が消えるわけではありません。厚生年金そのものにも割り切れない部分は残りますが、今回の論点の中心はそこではありません。働ける人には就業を促しつつ、育児や介護で働き方が制約される時期には別の形で支える。この二本立てにしないと、制度改革は納得を得にくいです。

第3号が担ってきた「無償ケアの保護」を、古い扶養優遇の形のまま残すのではなく、ケアそのものを支える制度へ置き換えていく方が、いまの社会には合っています。ここまでできて初めて、今回の改革は単なる切り下げではなく、制度の更新として意味を持ちます。


公的年金だけでは足りず、自助の比重はさらに高まる

そのうえで現実的に重要なのは、公的年金だけで老後不安を解消するのは難しいという点です。3号縮小で制度の公平性を多少整えても、公的年金が生活のすべてを十分に支える形にはなりません。だからこそ、NISAやiDeCoのような自分名義の資産形成を並行して進める必要があります。公的年金を土台とし、その上に自助を重ねる発想は、少子高齢化が続く社会ではますます現実的になります。

3号縮小、ケア支援の別建て、自助の強化。この三つを一緒に進めるのでなければ、改革は単なる負担増として受け止められやすいです。逆に言えば、この三つをそろえて初めて、今回の見直しは制度の後退ではなく、現代型への転換として説明しやすくなります。


総括

第3号見直しは、年金の細かい制度変更ではありません。昭和型の家族モデルを前提に組まれてきた社会保障を、共働きと個人単位の時代に合わせて組み替えられるかどうかを問う話です。与党と維新の一致は、その転換を政治日程に乗せたという意味で重いです。

ただ、縮小の理屈だけではこの改革は進みません。働くほど損に見える壁を薄くし、育児や介護で働けない時期は別建てで支え、公的年金の外側ではNISAやiDeCoのような自助を広げる。この三つを同時に進めなければ、制度見直しは公平化ではなく、生活へのしわ寄せとして受け止められます。

問われているのは、3号を残すか消すかだけではありません。扶養されていることを守る制度から、家族形態が違っても個人として支えられる制度へ移れるのか。その移行の痛みをどう和らげるのか。今回の議論の本質はそこにあります。

それではまた、次回の記事でお会いしましょう。


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関連書籍紹介

社会保障入門

伊藤周平(筑摩書房/2018年8月24日刊)

第3号見直しの話は、年金だけを切り取るとどうしても「損か得か」の話に寄りがちです。ただ、実際には医療、介護、子育て支援、生活保護まで含めた社会保障全体の中で位置づけないと、本当の論点は見えてきません。

この本は、日本の社会保障を年金だけでなく広い枠組みで整理してくれる入門書です。今回のテーマでいえば、「なぜ昭和型の家族モデルを前提にした制度が限界に来ているのか」「個人単位の保障へ移るとはどういうことか」をつかむ助けになります。制度の背景を一段深く理解したい人に向いた一冊です。


年金制度の理念と構造 2025年改正と今後の課題

高橋俊之(社会保険研究所/2026年1月10日刊)

今回の記事の中心にある3号見直しを、年金制度そのものの設計思想から読み解きたいなら、この本がかなり有力です。2025年改正を踏まえた最新版で、これまでの年金改正の流れと、改正後に何が変わるのかを整理しています。

3号制度の縮小、基礎年金と厚生年金の関係、今後の年金改革の方向性を、ニュースより一段深いレベルで追いたい人に向いています。今回のような制度変更を「目先の負担増」だけでなく、日本の年金制度全体の転換点として理解するうえでおすすめしたい一冊です。



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