海峡は「誰でも通れる場所」ではなくなるのか フーシ派の紅海封鎖とチョークポイント連動戦略【海外の反応・解説】

フーシ派が2026年7月に宣言したサウジ向け紅海封鎖を、海外の反応とともに解説します。ホルムズの迂回路だった航路まで脅かされ、効率優先の海運が冗長性を問われる構造を整理しました。

今回の記事の重要ポイント(三点)

・中東で戦争が続くなか、イエメンのフーシ派が2026年7月、サウジアラビア向けの船舶を対象に紅海の海上封鎖を宣言し、タンカーへの攻撃と航路変更が相次いだ。

・イラン戦争でホルムズ海峡が機能不全に陥り、サウジは紅海を主要な迂回路にしていた。その逃げ道に、同じくイランと利害の重なるフーシ派の脅威が及んだ。

・国家と非国家組織の行動が複数の海峡を一つの圧力手段として連動させ、世界の物流は効率を最優先する時代から、迂回路の余裕を確保する時代への転換を迫られている。


サウジ船を狙う封鎖宣言と反転するタンカー

イエメンの武装組織フーシ派は7月20日、サウジアラビア向けの海上封鎖を宣言した。対象はサウジの紅海側の港に発着する船舶で、フーシ派高官は非サウジ船の通航は妨げないと説明した。バブ・エル・マンデブ海峡でサウジ港に向かう船を標的にすると警告し、船会社に同海峡周辺の回避を求めた。

宣言から二日後の7月22日、紅海南部でサウジの石油製品タンカー、エンセリアがミサイルに被弾した。サウジ南部のジザン港付近で遭難信号を発したと海事筋が伝え、サウジ政府は攻撃を確認した。フーシ派は犯行を認め、複数のサウジ関連タンカーを攻撃したと表明した。

攻撃を受けて、紅海を航行中のタンカーが相次いで反転・待機・針路変更に動いた。7月22日には5隻が針路を変え、うち2隻はスエズ運河へ向かい、2隻は紅海の外洋で待機に入った。中国とインドに向かうサウジ産原油を積んだ3隻はUターンした。

EUの海軍部隊アスピデスは、イスラエル・米国・サウジに関係する船は攻撃される危険が高いとして、脅威が下がるまで紅海とアデン湾の航行を避けるよう勧告した。ギリシャの海運当局も自国船隊に警告を出した。

トランプ米大統領は、フーシ派による一連の攻撃について「イランに責任を取らせる」と述べた。現在の焦点は、サウジ港に発着する船だけを対象としたこの封鎖が、実際にどこまで航路を細らせ、タンカーの配船判断に影響するのかに移っている。


関連記事


ホルムズの機能不全と紅海という逃げ道

東西パイプラインがヤンブー港へ運ぶ原油

ホルムズ海峡の通航が細って以降、サウジアラビアは原油輸出の主力を紅海側へ移してきました。

2026年2月末にイランと米・イスラエルの戦争が始まると、原油の大動脈だったホルムズ海峡は急速に機能不全に陥りました。3月には船舶の戦争保険料が一部で平時の10倍を超えて跳ね上がり、商業通航は水路が物理的に塞がれる前から細っていきました。

サウジはこの海峡を通らずに原油を出すため、東西を横断するパイプライン(ペトロライン)で原油を紅海側のヤンブー港へ送り、そこから船に積んで輸出しました。ホルムズを避ける主要な代替路が、この紅海ルートでした。

ただし、迂回路で運べる量には限りがあります。米エネルギー情報局(EIA)の推計は次の通りです。

区分日量性質
ホルムズ海峡の石油通過量約2,000万バレル実際に流れている量(2025年上半期)
東西・UAEパイプラインの総能力約470万バレル名目上の合計能力
うち迂回に振り向けられる余剰約260万バレル日常運用分を除いた余力

(いずれもEIA。通過量は実績、パイプラインは能力で、性質の異なる数字である点に注意)

ホルムズを通っていた石油の量に対し、パイプラインで迂回に回せるのは1割強にとどまります。紅海は代わりの道ではあっても、同じ量をさばける道ではありませんでした。


フーシ派とは何者か、そして2023〜24年の紅海危機

フーシ派が紅海で船を止めるのは、今回が初めてではありません。

フーシ派はイエメン北西部を支配する武装組織で、首都サヌアを含む人口の多い地域を実効支配しています。イランから武器や資金の支援を受ける「抵抗の枢軸」の一角とされますが、独自の意思決定権も持ち、イランの指揮下に完全に置かれた組織とは見なされていません。2015年にはサウジ主導の連合軍がフーシ派と戦うために介入し、長い戦争を経て2022年に停戦が成立しました。

2023年11月、フーシ派はパレスチナへの連帯を掲げて紅海を通る商船への攻撃を始めました。多くの船が紅海を避けてアフリカ南端の喜望峰回りに切り替え、バブ・エル・マンデブ海峡を通る石油の量は2023年の日量930万バレルから2024年には410万バレルへとほぼ半減しました(EIA)。

2025年10月にガザで停戦が成立すると、フーシ派は商船への攻撃を止めました。今回のサウジ向け封鎖は、いったん収まった紅海での攻撃が、パレスチナ連帯とは別の理由で再び動き出したものです。


バブ・エル・マンデブという海峡

封鎖の舞台となったバブ・エル・マンデブは、紅海とアデン湾を結ぶ細い海峡です。

この海峡はスエズ運河とセットで、欧州とアジアを最短で結ぶ航路の背骨をなしてきました。ここを抜けた船は紅海を北上してスエズ運河へ、あるいは南下してインド洋へと向かいます。海峡が使えなくなれば、船はアフリカ南端を回る大回りを強いられます。

今回の封鎖宣言の直接の引き金とされるのが、7月に入って崩れたサウジとフーシ派の停戦です。両者は7月中旬以降、互いの空港などを攻撃し合い、フーシ派は空港攻撃を「サウジによるイエメンの港と空港の封鎖への対応」と位置づけました。海上封鎖も同じくサウジの封鎖への報復だと主張していますが、サウジ側はイエメンを封鎖しているという主張を否定しています。

紅海沿岸からサウジ国境にかけて、双方は部隊を集結させています。専門家からは、2022年の停戦以来もっとも本格的な戦争準備が進んでいるとの分析が出ています。7月20日の海上封鎖は、この陸上の緊張が海へ広がった局面にあたります。


海外の反応

英語圏の掲示板Redditでは、今回の封鎖宣言に加え、それ以前からフーシ派の封鎖能力や二つの海峡の関係が議論されてきました。以下は今回のスレッドと少し前の関連スレッドを合わせた4本からの抜粋・翻訳で、英語圏のネット上の反応であり、各国の世論を代表するものではない点はご留意ください。論調は「フーシ派に封鎖は可能だ」とする見方が優勢ですが、懐疑的な反論も含めて抜粋しています。

まずは、フーシ派の封鎖宣言そのものを扱ったスレッドから。

以下はスレッド内のユーザーコメントの抜粋・翻訳です。


フーシ派って、ホルムズ海峡みたいに紅海を封鎖できるものなの?バカにされそうな質問じゃなくて、純粋に気になって聞いてるだけなんだけど。


イランの革命防衛隊がホルムズでやるのと同じやり方で、バブ・エル・マンデブ海峡を封鎖することはできるよ。

フーシ派の戦力は革命防衛隊のほんの一部でしかない。でもタンカーって、ミサイルやドローンを撃ち落とす防御システムを積んでることで有名なわけじゃないだろ。

安いドローン技術のせいで、アメリカが火力で圧倒的にものを言わせてきた時代が終わりかけてる。おかしな言い方だけど、戦争が急速に『民主化』してるんだ。比べられるものといえば、まあ銃の登場くらいかな。


「フーシ派の戦力は革命防衛隊のほんの一部」ってのはその通り。でもさ、アメリカがそのフーシ派を黙らせるのにあれだけ苦戦したんだから、いざ戦争になったときホルムズを押さえ続けるのがどれだけ難しいか、アメリカの政策決定者も気づいてよさそうなもんだけど。まあ気づかなかったんだよな。


海峡を見下ろす山の中にトンネルを掘ってあるし、移動式の発射装置を使ってる。だからたぶんできるだろうね。


けっこう保険の話が大きいんだよ。1億ドルのタンカーが数億ドル分の石油を積んでるとして、航行に明確な脅威があるなら、どの保険会社も船と積み荷に保険をかけたがらない。それにフーシ派は1〜2年前に、実際に船を攻撃できるって見せつけたしね。


過去に脅しただけ、みたいに言うけど違うよ。あいつらは実際に封鎖したんだ。しかも成功した。船の往来は今もあの時の水準に戻ってない。


十分あり得る話だよ。フーシ派はアカバ湾を封鎖して、イスラエルのエイラート港を経営破綻に追い込んだ実績があるんだから。


続いて、イランがフーシ派に紅海封鎖の準備を求めたと報じられた際のスレッドから。


「これは罠だ!」って感じだよな。報道によれば、湾岸の石油のかなりの量がサウジのパイプライン経由で紅海側に振り替えられてて、この航路は今や世界のエネルギー供給の約7%を運んでる。しかもサウジは自国のエネルギー輸出の70%を紅海のヤンブー港経由に切り替えてる。つまり供給ルートを紅海側に逃がした後で、今度はその逃がした先の航路を突きにきてるってことだ。


フーシ派は、軍事的にはイランと同じくらいの効果で海峡を封鎖できるよ。ただ、実際にやる政治的な胆力があるかは別の話だ。やればアメリカから猛烈な反撃を食らうって分かってるからね。それにフーシ派はイランほどの軍事力もないし、イランみたいに地理的な広がりを使って身を隠せるわけでもない。

中立に言ってるつもりだけど、中東ならどんな勢力でもほとんど労せず完全封鎖はできる。問題は、その痛みに耐え続ける覚悟があるかどうかなんだ。


フーシ派は今までにも3回くらい「封鎖する」って言ってきた。でも現実には起きなかった。今回が違うのかどうかは、誰にも分からないよ。


いや違う。今回は「どういう条件なら封鎖するか」を名指しで示したんだ。相手が喋ってるときは、ちゃんと聞いておいたほうがいい。


そもそも中国がそれを許すのかな?ヨーロッパとの貿易が危険にさらされるわけだろ。


次は、フーシ派が紅海を部分的にでも封鎖したら世界はどうなるか、を地理の視点から議論したスレッドから。


スエズを封鎖すれば世界の貿易にダメージは出る。でもホルムズ海峡を封鎖するのとは、貿易の止まり方が根本的に違うんだ。

スエズが閉じても、船は喜望峰を回ればいい。アジアとヨーロッパの間の航海が数日長くなるだけだ。ところがホルムズが閉じると、その分の輸送には現実的な代替路がない。石油がペルシャ湾に閉じ込められて、どうしようもなくなる。


サウジは紅海に面したヤンブー港から、パイプライン経由で原油を輸出してきた。もしフーシ派が紅海の南の出口を封鎖できたら、原油は全部スエズ運河を通すしかなくなる。でも大型タンカーが全部スエズを通れるほど小さいわけじゃないんだ。


バブ・エル・マンデブ海峡は、湾岸・サウジの石油にとって最後の海の出口なんだ。ヤンブーのパイプラインは処理能力が日量700万バレルで頭打ちだし、超大型タンカー(VLCC)にとっては海峡が唯一の出口だ。

海峡が閉じたり、船に保険がかけられなくなったりすれば、タンカーは閉じ込められる。もう一つの出口のスエズは、超大型タンカーには浅すぎる。だから小型タンカーがスエズを何度も往復して運ぶしかない。時間もかかるし、運ぶ距離も膨れ上がるし、1バレルごとにばかみたいな運河通航料が乗っかるんだ。


バブ・エル・マンデブ海峡はホルムズよりさらに狭い。ただ、フーシ派に長期間封鎖し続けるだけの火力があるかは疑問だな。もっと大きな問題は、みんながイランのほうに注意を向けざるを得ない間に、フーシ派をどれだけ抑え込んでおけるか、だと思う。


この2年、フーシ派の行動で商業航行のほとんどが止まったけど、世界の貿易そのものは大して影響を受けなかった。海運会社はアフリカを大回りして、余分な運賃を稼いだ。割を食ったのはスエズの通航料が激減したエジプトだ。

ただホルムズ海峡にはまともな代替路がない。サウジのパイプラインでは原油の量のごく一部しか運べない。もしフーシ派が同時にバブ・エル・マンデブも締めたら、本当に厄介なことになる。サウジのパイプラインから出てきた石油が閉じ込められて、大型タンカーがスエズを通れないから、小型タンカーで北へピストン輸送して積み替えて、そこからはるばる遠回りしてアジアへ運ぶしかなくなるんだ。


最後に、今回のサウジ向け封鎖の約1か月前、フーシ派がイスラエル船の航行禁止を宣言した際のスレッドから。「対象を選んで閉じる封鎖」の実務を突く議論が、今回の状況を先取りしています。


仮にフーシ派の言い分が本当だとして、イスラエルの船だけをどうやって狙い撃ちにするんだ?イランがホルムズでやってるみたいに、ドローンやミサイルで追いかけるか、少なくとも船を攻撃しないと無理だろう。

だとしたら、バブ・エル・マンデブの船の往来は当分のあいだ大きく減るか、止まるんじゃないか。誰だって巻き添えを食らったり、イスラエルの船と間違われたりしたくないからな。


そこは賭けないほうがいい。もし自分が貨物船に保険をかける立場なら、フーシ派がイスラエルの船とトルコの船をちゃんと見分けられるかどうかなんて、試したくないよ。


厳密に言えば、これは三重の封鎖なんだよな。イランがある海域を封鎖してて、その海域をアメリカがさらに封鎖してて、そこへフーシ派が自前の封鎖を三段目に重ねてきた。そのうちアメリカがもっと船を送り込んでフーシ派を封鎖して、四重の封鎖になったりして。


二つの海峡は、どう連動させられたのか

逃げ道にも、同じ戦争のリスクが及んだ

2026年7月の転換点は、ホルムズ海峡の代替路だった紅海まで、同じ戦争のリスクに包まれたことです。2月末の開戦以降、サウジアラビアは輸出の大半を東西パイプラインで紅海側へ移し、世界の石油供給はこの逃げ道に支えられてきました。7月20日の封鎖宣言は、その逃げ道そのものに向けられています。

イランとフーシ派がどこまで意思を合わせているのかは、外からは見通せません。

ロイターは7月16日、米国がイランの電力網を攻撃した場合に紅海の封鎖を準備するようイランがフーシ派に伝えたと、匿名の関係筋の話として報じました。

一方で中東の専門家からは、フーシ派はイランの指令通りに動く組織ではなく、今回はサウジとの停戦崩壊という独自の事情で動いたという見方も示されています。

ただ、指揮系統がどちらであっても、結果として起きたことは変わりません。直接の調整が確認できなくても、国家と武装組織の利害が重なった結果として、二つの海峡は保険と配船判断の上で一つのリスクとして扱われるようになりました。海峡を武器にできるのは、海峡を支配する国家だけではなくなったのです。


二つの航路のリスクは、保険の帳簿の上で合流する

軍艦が海を塞がなくても、保険の引受が止まれば海は止まります。この仕組みはホルムズ海峡の通行料をめぐる記事で書いた通りです。今回新しいのは、二つの航路のリスクが同時に保険料と配船判断へ織り込まれ始めたことです。

3月のホルムズ危機では、戦争保険料が一部で従来の10倍以上に跳ね上がりました。7月の封鎖宣言後は、紅海南部の保険料率も上昇しています。船会社と保険会社は個々の海峡ではなく航海全体のリスクを足し合わせて判断するため、「こちらが危険ならあちらへ」という迂回の前提そのものが揺らぎます。代替路が、代替として機能しなくなるのです。

歴史を振り返ると、1980年代のイラン・イラク戦争では400隻以上の商船が攻撃される「タンカー戦争」が起き、米海軍による船団護衛も行われました。それでも、世界の石油供給が全面的に止まる事態には至っていません。今回との違いは、ホルムズで生じた負担を逃がす先まで、同時に脅かされていることです。


「選んで閉じる」封鎖には、選別の限界がある

フーシ派の封鎖は、すべての船を対象にしていません。対象はサウジの港に発着する船で、それ以外の船には海峡を開放していると説明され、実際に中国のタンカーは通航を認められたと報じられています。全面封鎖ではなく、通ってよい船を選ぶ検問に近い設計です。

ただし、この選別は宣言の通りには機能しません。船籍、船主、運航会社、積み荷、寄港歴が国境をまたいで絡み合う現代の海運では、「サウジ関連」の線引きは外から判別しにくく、誤認や巻き添えの危険が残ります。EUの海軍部隊は、サウジの港に寄港した船に対し、位置情報の発信を最小限にするよう勧告しました。船が自分の位置を隠しながら通る海に、安全な商業航路の前提はもうありません。

それでも「選別される航路」という設計自体は、今後の海の姿を先取りしている可能性があります。船の安全が旗国や国際法ではなく、荷主や寄港地や政治的関係で決まる状態が広がれば、世界の海は誰でも使える単一の航路から、陣営ごとに安全性の異なる航路へ分かれていくことになります。


フーシ派の狙いは、一枚岩ではない

フーシ派の行動は、三つの層に分けて読むことができます。第一の層は公式の説明で、サウジによるイエメンの港湾・空港封鎖への報復です。フーシ派の報道官は「目には目を」という言葉で封鎖を正当化しました。第二の層は、サウジから経済的・政治的譲歩を引き出す交渉カードとしての狙いで、専門家の分析もこの見方を示しています。第三の層が、イランの対米圧力との利害の一致です。

三つの層は、常に同じ方向を向くとは限りません。フーシ派には停戦の回復にとどまらない独自の要求があり、イランにはフーシ派というカードを切る時機の思惑があります。今回の封鎖がどの層に主導されたのかで、収束の道筋も変わります。サウジとの取引で解ける封鎖なのか、米イラン戦争が終わるまで解けない封鎖なのかが、ここで分かれるためです。

どの層が主導だとしても、確かなことが一つあります。海峡を脅かす能力は、軍事力で劣る勢力が大国に対して持つ数少ない拒否権として機能し始めているということです。自分たちを無視して戦争や外交を進めることを難しくする力です。ただし、その力の行使は商船と船員を危険に晒すことで成り立っています。民間人を標的にする手法そのものは、どんな政治的文脈をまとっても正当化の語彙には収まりません。


護衛しても、海の安全は保証できない

守る側には構造的な不利があります。数万ドル級のドローンや対艦ミサイルを撃ち落とすために、防衛側は1発数百万ドルの迎撃ミサイルを消費します。2023年からの紅海危機で米海軍などが直面した、安価な攻撃と高価な防衛の非対称です。

しかも、軍が守れるのは護衛する船だけで、保険会社の判断までは守れません。100隻の攻撃を99回防いでも、1隻の被弾で保険料は跳ね上がり、航路は細ります。海の安全は軍事力だけでは完結せず、民間のリスク計算という、軍が統制できない領域に委ねられているのです。

この非対称は、他の勢力にとって模倣の誘因になります。ただし、どの海峡でも同じ戦術が成立するわけではありません。成立には、狭い航路、乏しい代替路、沿岸統治の空白、攻撃手段を隠せる地形、政治的後ろ盾といった条件が重なる必要があります。

たとえばマラッカ海峡は通過量こそホルムズを上回りますが、沿岸国の統治能力も地理も紅海とは大きく異なります。こうした戦術が成立する海域は、世界でも限られています。


効率の時代から、冗長性の時代へ

今回の危機が突き付けているのは、単一障害点という問題です。世界の物品貿易の8割以上は海上輸送に依存し、その大動脈はいくつかの狭い水路に集中しています。効率を極めたシステムほど、一点の停止が全体に波及します。

止まるといっても、石油が一滴も届かなくなるわけではありません。起きるのはコストの膨張です。サウジのヤンブー港から台湾へは、バブ・エル・マンデブ経由なら19日のところ、迂回すると48日かかり、燃料費は約126万ドルから約287万ドルへ倍増し、スエズ運河の通航料約100万ドルが加わるとロイターは試算しています。

国連貿易開発会議(UNCTAD)の年次報告によると、2024年の紅海迂回は世界のコンテナ船の輸送需要を12%押し上げたとされています。同じ量を運ぶために、より多くの船と時間と資金が要る世界です。

日本にとって、この問題は他人事ではありません。原油の中東依存度は95%を超え、そのほぼ全量がホルムズ海峡を通ります。一方でLNGは調達先の分散が進み、ホルムズ依存は6%程度にとどまります。同じエネルギーでも、石油とガスでは危機への耐性がまるで違うのです。

現に封鎖宣言の直後には、ヤンブーで日本向けのナフサを積んだタンカーが紅海を南下せず遠回りの航路に切り替えたとロイターが伝えています。影響は仮定の話ではなく、すでに航海計画の中にあります。

冗長性、つまり備蓄や調達先の分散や代替航路は、平時にはコストにしか見えません。日本が200日を超える石油備蓄を持ち、LNGの調達先を分散してきたことは、今回のような危機で初めて保険として機能します。世界の貿易全体が同じ保険を掛け始めれば、その費用は製品価格に恒常的に組み込まれていくことになります。


「誰でも通れる海」を前提にできない時代に

海の安全は、設計するものになった

紅海をめぐる今回の動きは、三つの段階を踏んで進んできました。イランが戦争になればホルムズを閉じるかもしれないという長年の懸念。完全封鎖に至らなくても保険と民間の判断で海峡が機能不全になるというホルムズでの現実化。そして、その逃げ道だった紅海のバブ・エル・マンデブ海峡まで、同じ戦争の圧力手段に組み込まれるという拡張です。

これは、世界の海が一斉に閉じていくという話ではありません。変わったのは、航路が使えるかどうかを、地理や国際法だけでなく、政治的関係と民間のリスク判断まで含めて考える必要が生じたことです。

効率だけを競う時代の物流は、海の安全を無料の公共財として扱ってきました。その前提が揺らいだいま、何を平時から冗長に持っておくか、その費用を誰がどう分担するかという問いが、企業にも国家にも、そして電気料金やガソリン価格を通じて家計にも届き始めています。次にどこかの海峡が名指しされたとき、この問いに備えができているかどうかが、危機の深さを分けることになるはずです。

それではまた、次回の記事でお会いしましょう。


▼記事が面白かったら応援クリックお願いします!▼

▲更新の励みになります!▲


関連書籍紹介

『新しい世界の資源地図 エネルギー・気候変動・国家の衝突』

ダニエル・ヤーギン(東洋経済新報社/2022年01月刊)

ピューリッツァー賞を受けたエネルギー研究の第一人者が、シェール革命後の米国、中国へ傾くロシア、一帯一路による海と陸への影響力の拡大までを一冊で描いた大著です。産油国の輸出ルート、南シナ海やカスピ海の航路、脱炭素の圧力が、それぞれどう国家の力関係に跳ね返るのかを地域ごとに追っています。

今回の記事で扱った、狭い水路に集中した石油の流れがそのまま国家間の交渉材料になるという構造を、中東だけでなく世界の資源地図として通しで押さえたい読者に向く一冊です。

\楽天ポイント4倍セール!/
楽天市場
\商品券4%還元!/
Yahooショッピング

『戦略の地政学 ランドパワーVSシーパワー』

秋元千明(ウェッジ/2017年08月刊)

英国の王立防衛安全保障研究所で研究に携わった著者が、地政学の古典的な枠組みである陸の力と海の力の対立を、地図から世界を読む方法として整理した入門書です。海洋国家がどの海峡や航路を押さえてきたか、その支配がどこで揺らぐのかを、米露や中国の戦略を例に説明しています。

今回の記事で扱った、海峡を押さえる力が国家の独占物ではなくなりつつあるという変化を、シーパワーという古い概念のどこが更新されたのかという形で考えたい読者に向く一冊です。

¥2,090 (2026/07/25 13:55時点 | Amazon調べ)
\楽天ポイント4倍セール!/
楽天市場
\商品券4%還元!/
Yahooショッピング

参考リンク

After Hormuz, Iran turns to Red Sea gateway as new pressure point|Reuters

Yemen teeters towards renewed war in shadow of Iran conflict|Reuters

More ships change course in Red Sea after Houthi threats, data shows|Reuters

Add a month at sea and $2.5 million – what it costs oil tankers to flee Hormuz and Bab el-Mandeb|Reuters

Maritime insurance premiums surge as Iran conflict widens|Reuters

World Oil Transit Chokepoints|米国エネルギー情報局(EIA)

日本のLNG輸入量のホルムズ海峡依存度は6.3%、LNG生産停止中のカタールのシェアは5.3%|ジェトロ(ビジネス短信)

石油の中東依存度95%超 ―資源エネルギー庁|nippon.com

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA