今回の記事の重要ポイント(三点)
・2025年8月、北海道・知床連山の羅臼岳で登山中の26歳男性がヒグマに襲われて死亡し、知床連山で人命が失われたのは63年ぶりだった。
・環境省の速報値では、2025年度のクマによる人身被害者は238人、うち死亡者は13人だった。
・被害の増加は頭数の増加だけでは説明がつかず、人の活動が山際から退いたことで人とクマの境界が薄れた側面が大きい。
羅臼岳で63年ぶりに失われた命
2025年8月14日午前11時ごろ、北海道・知床連山の羅臼岳の登山道で、下山中の男性がヒグマに襲われた。同行していた友人によれば、男性は抵抗したものの、登山道脇のやぶへ引きずり込まれた。
遺体は翌15日に発見され、東京都墨田区の会社員、曽田圭亮さん(26)と確認された。死因は全身多発外傷による失血だった。
道は15日、遺体の近くにいた親子のヒグマ3頭を駆除した。北海道立総合研究機構のDNA鑑定で、曽田さんの遺留品に付着していた体毛が母グマのものと一致し、道は19日、このヒグマが襲撃した個体だと断定した。
北海道庁によれば、知床連山でヒグマによって人命が奪われたのは63年ぶりである。事故を受け、羅臼岳の登山道と知床五湖の利用が制限された。
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数字で見た被害の水準と、この数年で動いた制度
2025年度の人身被害者は238人、死亡者は13人
環境省の集計では、クマによる人身被害は2025年度に統計上もっとも多くなりました。
人身被害件数は216件、被害者数は238人、うち死亡者は13人です。前年度の82件・85人・死亡3人から、いずれも大きく増えました。
死亡者13人という数字は、それまで最多だった2023年度の6人の2倍を超えます。
年度別の推移は次のとおりです。
| 年度 | 人身被害件数 | 被害者数 | うち死亡者数 |
|---|---|---|---|
| 2022年度 | 71 | 75 | 2 |
| 2023年度 | 198 | 219 | 6 |
| 2024年度 | 82 | 85 | 3 |
| 2025年度 | 216 | 238 | 13 |
| 2026年度(4〜7月) | 49 | 53 | 6 |
出典は環境省「クマの人身被害件数」です。2025年度と2026年度は速報値で、2026年8月12日に更新されています。2026年度は4月から7月までの集計で、被害が集中する秋をまだ含んでいません。
被害は東北に偏っています。2025年度は秋田県が67人で最も多く、岩手県40人、福島県24人と続きました。
2026年度も、7月末までの死亡者6人のうち3人が岩手県です。最初の死亡例は4月21日、岩手県で55歳の女性が襲われたものでした。
北海道のヒグマと、本州のツキノワグマ
日本のクマ被害は、種によって現れ方が変わります。
北海道にいるのはヒグマ、本州と四国にいるのはツキノワグマです。環境省の推計では、ヒグマが約1万2000頭、本州のツキノワグマが約4万2000頭とされます。
件数はツキノワグマの側が圧倒的に多くなります。2025年度の被害者238人のうち、北海道は6人でした。
一方で、1件あたりの重さは逆になります。北海道の被害者6人のうち2人が亡くなっており、本州以南では232人のうち11人です。
体格の差が、この非対称の背景にあります。ヒグマはオスで数百キロに達する例があり、一度の遭遇が致命傷につながりやすくなります。
緊急銃猟の新設と、指定管理鳥獣への追加
制度の側は、この数年で大きく動きました。
環境省は2024年4月、クマ類(北海道のヒグマを含む)を「指定管理鳥獣」に加え、都道府県が交付金を使って個体数管理に取り組めるようにしました。
2025年4月には鳥獣保護管理法が改正され、同年9月1日から「緊急銃猟制度」が始まりました。従来は禁じられていた市街地での発砲を、市町村長の判断で認める仕組みです。
適用には条件があります。人の生活圏に侵入して危険が差し迫っていること、銃猟以外に有効な方法がないこと、住民の避難が済んでいて弾丸の到達する恐れがないこと。判断と責任は市町村長に置かれました。
捕獲の実数も増えています。2025年度のクマ類の捕獲数は1万4720頭で、統計上最多となりました。秋田県が2690頭、北海道が2139頭で上位を占めています。
海外の反応
以下はスレッド内のユーザーコメントの抜粋・翻訳です。
日本の山を歩くのはずっと夢だったけど、こういう襲撃を聞くと正直怖い。観光客の安全って大丈夫なの?
日本はクマを保護しすぎじゃない?人が犠牲になる段階なら、駆除も検討すべきだと思う。
アメリカの国立公園でも同じだよ。人間と野生動物の生活圏が重なると、衝突は避けられない。
日本は銃規制が厳しいから登山者は銃を持てない。だからクマとの遭遇がさらに怖く感じるんだ。
もっと外国人観光客を呼びたいなら、野生動物の危険について分かりやすい警告や予防策が必要だよ。
山に投棄されたシカの死骸を食べて“肉の味”を覚えるなら、それは人間が作ったリスクだね。
地方の過疎化で里山の手入れをする人が減ってる。だからクマが人里に近づくんだと思う。
クマのせいだけにしちゃダメ。人間が生活圏と自然のバランスをどう管理するかが本質でしょ。
薄れた境界と、追いついていない手順
頭数の増減だけでは、この振れ幅は説明できない
被害者数は、生息数の変化よりもはるかに大きく振れています。
2022年度の75人から2023年度の219人へ、そして2024年度の85人から2025年度の238人へ。1年でおよそ3倍になる動きを、クマの繁殖の速さで説明することはできません。
振れの大きさに対応しているのは、山の実りです。ブナやナラの堅果類は数年周期で豊凶を繰り返し、凶作の年にはクマが冬眠前のエネルギーを山の中で確保できなくなります。
頭数の管理を強めるべきだという主張にも、それ自体の筋はあります。分布域が広がり、捕獲数が1万4720頭に達してなお出没が減らないのであれば、管理の水準が実態に追いついていないという読み方は成り立ちます。
それでも、頭数だけを動かす対策は、凶作の年に必ず戻ってくる波には届きません。餌の年変動という条件は、駆除の頭数では消えないためです。
山に置かれた餌が、行動を書き換える
被害の一部は、人が置いた餌が作り出しています。
害獣として駆除されたエゾシカの死骸が山中に投棄されている問題は、以前から指摘されてきました。放置された死骸はヒグマの餌資源になり、肉に依存する行動を後押ししている可能性があります。
観光地での餌付けも同じ働きをします。羅臼岳の事故の背景としても、観光客がヒグマに菓子類を与えていた実態が報じられました。
こうして「人の近くに食べ物がある」と学習した個体は、人を避ける必要がなくなります。環境省の分析でも、人里に餌があることを覚えたクマが増える傾向が挙げられています。
学習した行動は個体の一生を通じて続き、母グマから子グマへ引き継がれる余地もあります。1頭の餌付けが、その場限りで終わらない理由がここにあります。
規制は整い、動かす人が足りない
緊急銃猟制度は、現場の人手という別の制約に突き当たっています。
市町村長の判断で市街地でも発砲できるようになった一方で、実際に引き金を引くのは地域の狩猟者です。猟友会の高齢化と担い手不足は、制度の新設では埋まりません。
責任の配分も重い問題です。避難の完了、弾丸の到達範囲、周辺住民への周知。これらの確認を担うのは、専門部署を持たない小規模自治体であることが少なくありません。
2026年春には、被害の続いた地域へ自衛隊が派遣され、わなの設置や搬送を担いました。緊急の措置としては機能しますが、毎年の秋に備える常設の体制とは別のものです。
つまり課題は「クマが出ること」よりも、出たときに動かせる人と手順が地域にあるかどうかに移っています。
世界遺産であることが、そのまま負荷になる
知床では、自然の価値と来訪者の多さが同じ場所で重なります。
世界自然遺産という位置づけは、手つかずの環境が残っていることの証明です。それは同時に、大型の捕食動物と人が近い距離で行き交う場所であることを意味します。
観光は地域経済の柱でもあります。安全側に振って規制を強めれば、地域の収入とアクセスが直接削られます。
羅臼岳の事故のあと、登山道と知床五湖の利用が制限されました。判断としては素早い一方で、閉じることでしか安全を確保できない状態が続けば、地域は毎年その代償を払うことになります。
行動の規範を来訪者と共有する方向もあります。餌を与えない、距離を取る、写真のために近づかない。規制の強さではなく、共有された作法の密度で安全を作るという選択肢です。
共存という言葉を、手順に置き換える
問いは「駆除か保護か」の手前にある
クマの問題は、駆除か保護かの二択として語られがちです。ただ、実際に結果を左右しているのは、その手前にある手順の有無です。
誘因を残さない。出没の情報を共有する。動ける人を平時から確保しておく。堅果類の作柄を秋の前に把握する。どれも派手さはありませんが、被害の年ごとの振れを小さくする働きがあります。
羅臼岳で亡くなった男性は、登山道を下りている最中に襲われました。特別に危険な行動を取っていたわけではありません。その事実は、個人の注意深さだけでは埋まらない領域が残っていることを示しています。
日本にまだヒグマとツキノワグマが生きていることは、豊かな自然が残っている証でもあります。その状態を維持しながら人の側の被害を減らせるかどうかが、これから問われる部分です。
境界は、線を引き直すものではなく、人の側の手入れによって保たれてきたものでした。その手が減った土地で何を代わりに置くのか。答えはまだ、地域ごとに探されている途中です。
それではまた、次回の記事でお会いしましょう。
おすすめ書籍
『人を襲うクマ ― 事故はなぜ繰り返されるのか』 羽根田治(山と溪谷社)
実際の熊による事故例を詳細に分析し、なぜ人間との衝突が起きるのかを探る定番本。
『日本クマ事件簿』
明治から令和までの熊による死亡事故を網羅。関係者の証言や現地取材、専門家の分析を通じ、「森の王者」との向き合い方を詳述したノンフィクション。単なる事件の羅列に終わらず、社会と自然との関わりを考える力を育みます。
『クマにあったらどうするか――アイヌ民族最後の狩人 姉崎等』
アイヌ民族の狩人として長年熊と対峙してきた著者が、自らの体験と智慧をもとにした実践的な対処法を紹介。「クマは師匠」という視点を起点に、知識と共存の精神が詰まった1冊です。
よくある質問
日本のクマ被害は海外でどのように報じられているのか
主にAFPなど通信社の配信を通じて、死者数の記録更新と「人口減少がクマの生息域拡大を後押ししている」という因果の形で報じられています。CBS Newsは2026年5月8日の記事で、2025年度の死者13人が従来の最多である6人の2倍を超えたこと、負傷者が200人を上回ったことを伝えました。
個別の事故も海外メディアに取り上げられています。羅臼岳の事故は米People.comが報じ、友人の証言をもとに、被害者が抵抗したうえで森へ引きずり込まれた経緯を伝えました。
なぜ2025年以降にクマ被害が急増したのか
単一の原因ではなく、複数の条件が同じ年に重なったためです。2025年秋は東北を中心に堅果類が凶作となり、冬眠前のクマが山の中で餌を確保できませんでした。
その背景には、より長い時間軸の変化があります。過疎化で山際の人の活動が薄れたこと、分布域そのものが広がったこと、人里に食べ物があると学習した個体が増えたこと。環境省や研究者は、この重なりとして2025年度の238人という数字を説明しています。
ヒグマとツキノワグマの被害はどう違うのか
件数はツキノワグマ、1件あたりの深刻さはヒグマ、という分かれ方をします。2025年度の被害者238人のうち北海道は6人で、残りの232人は本州以南のツキノワグマによるものです。
一方で死亡者は、北海道の6人中2人、本州以南の232人中11人でした。ヒグマはオスで数百キロに達する例があり、遭遇が致命傷に至る割合が高くなります。環境省の推計では、ヒグマが約1万2000頭、本州のツキノワグマが約4万2000頭です。
参考リンク
クマの人身被害に関するレポート、はこわなによる捕獲に関するレポートの公表について|環境省
クマ被害が過去最多、国や自治体が対策強化 「すみ分け」が課題|ナショナル ジオグラフィック日本版
【ヒグマ速報】DNA鑑定より男性を襲ったのは”母グマ”と断定|UHB北海道文化放送
Hiker Tried to Fight Off Bear Before Being Dragged into Forest|People
Bear kills woman in Japan, 2 more deadly attacks suspected|CBS News



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