今回の記事の重要ポイント(三点)
・『聖闘士星矢』の作者・車田正美氏と関連3社が9月2日、元マネージャーら11の個人・法人を相手に約28億8600万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴した。原告側は2018年ごろからの約6年間で約46億8600万円が流出したと主張している。
・流出が見つかった契機は社内の点検ではなく、2024年初めの東京国税局の照会だった。元マネージャーは集英社時代の担当編集者で、自ら会社設立を提案し、経理と対外交渉を約25年間一任されていた。
・漫画IPは作者個人の把握できる規模を超えた国際資産になった。政府がコンテンツの海外売上20兆円を掲げるなか、売る力と同じ速さで「管理する力」を育てられるかが問われている。
『聖闘士星矢』の車田正美氏、約46億円の流出を主張して元マネージャーらを提訴
漫画『聖闘士星矢』の作者・車田正美氏(72)と関連3社は9月2日、元マネージャーの男性とその親族・関連法人など11の個人・法人を相手取り、約28億8600万円の損害賠償を求める訴えを東京地裁に起こした。被告の数は時事通信が「7人」と報じている。
原告側の主張によると、2018年ごろから2024年までの約6年間に、3社の資金約46億8600万円が元マネージャー側へ流出した。似た名称の会社を作って海外からのライセンス料を振り込ませる、口座から無断で送金する、保険を経由して海外法人へ移す、の三つの手口があったとしている。約18億円は回収済みで、請求額はその差額にあたる。
流出は2024年初め、東京国税局からの照会をきっかけに判明した。元マネージャーは原告側の聞き取りに横領を認め、「車田さんのためを思っていた。悪気はなかった」と説明したと産経新聞などが報じている。訴状の内容はいずれも原告側の主張で、裁判所の判断はこれからになる。
関連記事
一つの作品が動かす金と、作者の手を離れた権利の行き先
担当編集者だった人物が、金と契約と情報の三つを握った
元マネージャーは、もともと集英社の契約社員として車田氏の担当編集者を務めていた人物です。弁護士JPニュースによると、雑誌の休刊後に車田氏のもとで働くようになり、自ら会社の設立を提案して3社を立ち上げさせ、経理・出納・対外交渉を一任されました。付き合いは約25年に及びます。
原告側代理人の説明では、この人物は周囲に「先生は芸術家で人間嫌いだから人と会えない」と話し、取引先や関係者が車田氏本人と接触するのを止めていたとされます。車田氏本人は会見で「人間嫌い」を否定しました。通常の会社なら契約・請求・入金確認・経理・監査と別々の人が関わる工程が、一人の手元に集まっていたというのが原告側の描く構図です。
原告の3社はNEXT WING、車田プロダクション、K-PROJECTで、いずれも著作権管理などを担います。車田氏は9月2日の会見で「怒りというより、そんなものは通り越して虚しくなりました」と述べ、発覚当初は口座残高がわずかで納税もできない状態だったとして、「下手をすれば車田プロダクションは倒産、私自身も漫画家として潰れていたかもしれません」と語りました。
影響は作品の表舞台にも及びました。2024年6月に六本木ヒルズで予定されていた画業50周年の大原画展は、同年3月26日に中止が発表されています。車田氏は会見で、関係会社に相手側が絡んでいたため中止せざるを得なかったと明かし、2027年春に池袋で開催したいと述べました。
発覚から提訴までは約2年半が経っており、約18億円の回収はその間に行われたとみられます。抜き取られた資金は暗号資産への投資などに充てられたとみられると報じられ、刑事手続きの有無と被告側代理人のコメントは本稿執筆時点で確認できていません。
出版社が窓口になる型と、作者の会社が窓口になる型
『聖闘士星矢』は漫画の印税だけで稼ぐ作品ではありません。東映アニメーションによれば、アニメはこれまで80か国以上で放映され、2015年の『黄金魂』は222の国と地域で配信されました。フランスや中南米での人気は高く、フィギュア・ゲーム・遊技機・海外ライセンスへと展開が広がっています。作品から商品へ、商品から地域へ、地域ごとの契約相手へ、そこからロイヤリティが戻る取引の数は、単行本の売れ行きとは桁が違います。
日本の漫画では、日本書籍出版協会の出版契約書ひな型に二次利用の窓口を出版社が担う条項があり、映像化や商品化の交渉を出版社に任せる形が一般的です。
車田氏の場合は、著作権管理を担う会社を作者側が持ち、海外からのライセンス料も作者側の会社に直接入る建て付けでした。作品への支配力を作者が保てる半面、金の流れを見る人も作者側の会社の中だけになります。
権利が作者から遠い場所で動く例は、同じ8月末にもありました。フランスでドラゴンボールのテーマパークが建設されるという報道に対し、東映アニメーションは8月31日、「一切のライセンス許諾を行っておらず、当社が把握している事実はございません」と公式に否定しました。作品名を挙げたのはパリを含む地域圏の議長で、権利者の側には打診すら届いていなかったとされます。
政府の目標「海外売上20兆円」の主力はゲーム
政府は2025年6月、日本発コンテンツの海外売上高を2033年までに20兆円へ拡大する目標を閣議決定しました。経済産業省の「エンタメ・クリエイティブ産業戦略」によると、海外売上高は2023年に約5.8兆円、2024年に約6.1兆円で、半導体の輸出額を上回り自動車に次ぐ規模です。
| 分野 | 2024年実績 | 2033年目標 |
|---|---|---|
| ゲーム | 3.4兆円 | 12兆円 |
| アニメ | 2.1兆円 | 6兆円 |
| マンガ | 0.3兆円 | 1兆円 |
| 音楽 | 0.1兆円 | 0.5〜1兆円 |
| 実写 | 0.1兆円 | 0.5兆円 |
出典: 経済産業省「エンタメ・クリエイティブ産業戦略」改訂骨子案(2026年3月)
内訳を見ると主力はゲームで、漫画単体は小さな数字です。ただし2026年3月に始まった補助金の名称が「IP360」であるように、政策の柱は一つのIPを漫画からアニメ・ゲーム・実写・グッズへ360度展開して稼ぐ方向にあります。戦略本文には、海外売上のうち国内企業へ還元されている比率が6割弱にとどまるという「収入ギャップ」も記され、ライセンス収入から実ビジネスへの転換が対策に挙げられています。
海外の反応
『聖闘士星矢』の海外ファンが集まる r/SaintSeiya では、二つのスレッドで議論が広がりました。一つ目は提訴を伝える記事へのスレッドです。驚きと同情が大半で、話題の中心は「2024年の原画展中止はこれが理由だったのか」という答え合わせと、作者の会社が倒産寸前だった場合に作品と権利はどうなるのかという整理です。
以下はスレッド内のユーザーコメントの抜粋・翻訳です。
とんでもないニュース。50周年記念展が中止になったのはこれが理由なのか?
そうだ。
元スタッフの会社が50周年の企画に関わっていた。だからこれ以上損失が膨らむ前に、中止せざるを得なかった。
だいたい3000万ドルか。取り戻せるといいが。こんな仕打ちを受けていい人じゃない。
車田の会社がこれで倒産寸前まで行ったことを考えると、続編そのものが完全に消えていた可能性がある。片がついたら少しは順調に進んでほしい。あの規模の詐欺は、車田側にとって負担でしかなかったはずだ。
それは場合による。アニメ、玩具、ゲームなどの権利は東映とバンダイが持っているから、車田本人や彼の会社がいなくてもメディア展開や商品化は続けられる。問題は漫画のほうで、こちらは読めない。完結が遅れるかもしれないし、失った金を埋めるために権利を売るかもしれないし、目先の利益を最大化するために急いで出すかもしれない。
要するに、アニメや映画やグッズはこれまで通り続くが、漫画がどうなるかは分からない。
知る限り、車田は多くの漫画家と違って自作への支配権を強く持っている。ただ、そのどこまでが会社に紐づいていて、どこまでが本人なのかは分からない。
作品そのものが永久に消えかけたと考えてみてほしい。今回の被害はそこまで際どかった。車田がシリーズと収益を管理するために作った会社が、直接そこを抜かれたのだから。
二つ目は、提訴を伝える動画を元にしたスレッドです。ファンの間にある作者への風当たりそのものが話題になり、「6年間で2800万ドル」という期間の長さへの驚きと、長年追っているファンならではの逆算が続きます。
以下はスレッド内のユーザーコメントの抜粋・翻訳です。
6年かけておよそ2800万ドルを抜かれたと主張している。正気の沙汰ではない。シリーズの今後や、世界各地で進行中の刊行に影響が出ないことを願う。幸い、うちの国では完全版がすでに完結していて今も買える。
やれやれ、盗まれたのはどこかしら本人の落ち度だとか、これこそ車田が『聖闘士星矢』より金のことを気にしている証拠だとか、そういう声が出てくるのが待ちきれないよ。この状況でも作品を描き続けているという、正反対の事実があるのに。
ああ、もう始まっている。ああいう人たちの共感のなさが信じられない。作者を嫌っているのに、なぜ『聖闘士星矢』を追い続けられるのか分からない。
マネージャーの行いで車田先生の会社が倒産寸前まで行ったことを考えれば、彼が金のことばかり気にしていると言うのはあまりに身勝手だろう。
なんてことだ。最近やたら仕事が速い理由が、これで分かった。
高齢者の信頼につけこむようなやつらは、人間の皮をかぶったゴミの山だ。
彼が本当に愛している他の作品にまで影響が及びかねなかった。最悪の事態が避けられたのはよかった。あとは筋の通った決着になることを願う。
「作者の作品」から「世界の資産」へ、管理の仕組みは追いついているか
原告側が描く構図では、鍵は金より情報の独占だった
原告側の主張が正しいなら、6年間の流出を支えたのは口座への接近ではなく、本人への接近を遮断できたことです。「先生は人間嫌い」という説明で取引先を本人から遠ざければ、契約の相手も入金の額も、確認する人が一人しかいなくなります。金庫番であると同時に情報の門番でもあった、という構図です。
同じ型は漫画界の外にもあります。大谷翔平選手の元通訳・水原一平氏は、通訳として本人と球団・銀行・代理人との連絡を一手に握り、約1700万ドルをだまし取ったとして2025年2月に禁錮4年9月を言い渡されました。
歌手の矢沢永吉氏が1998年に個人事務所の元経理責任者らから約35億円の被害を受けた事件も、本人は創作に専念し、金の管理は側近が握る似た形だったと報じられています。
車田氏の件で発見したのは、会社の内部ではなく税務当局でした。数十億円を扱う上場企業なら内部監査や取締役会の相互牽制が働きますが、数百億円規模の価値を持つキャラクターIPに同じ水準の点検があるかは別問題として残ります。
ドラゴンボールの仏テーマパーク報道は、向きが逆の例です。一人に情報が集まりすぎたのではなく、サウジの政府系企業、フランスの政府と地方、日本の複数の権利者と関係者が多く、どこまで決まっていて誰が外に言ってよいのかの区切りが崩れました。作者の鳥山明氏が2024年に亡くなり権利者が分かれた作品では、誰が「決まった」と言えるのかは今後さらに難しくなります。
創作に専念するほど、代理人への依存は深まる
「46億円もあってなぜ気づかないのか」という疑問には、漫画家の側にも言い分があります。契約書を読み、各国のライセンシーを監督し、口座を監視しながら連載を描くことは現実的ではありません。だから信頼できる人に任せる。任せる必要が大きいほど、その人に権限が集まります。
経済学でプリンシパル=エージェント問題と呼ばれる、委任につきものの緊張関係です。小さな作家事務所に上場企業並みの内部統制を求めるのも無理があり、監査法人や社外役員を置けばコストも人材も要ります。人的な信頼で回す運営は、事務所の規模を考えれば合理的な選択でもありました。
問題は、作品の成功で扱う金額が多国籍企業並みになっても、管理の形が町工場のままだったことにあります。出版社が窓口なら防げたとも言えません。窓口の型より、金の流れを本人以外の誰が見るかが要点です。通帳と契約書を作者本人が年に一度は別の目で見る、海外からの入金先を作者が直接確認する、といった小さな仕組みが、大がかりな監査の前に置ける選択肢として残ります。
売上を3倍にするなら、管理する力はどう育てるのか
経産省の戦略は「売上3倍、投資3倍」を掲げ、海外で見せる機会の不足、流通網、海賊版対策、制作会社への利益還元を主な課題に挙げています。契約条件の改善・透明化にも触れていますが記述は1行で、政策の重心は「海外で売る」側にあります。文化庁の2022年の委託調査も、海外企業との契約交渉に必要なノウハウや人材が中小の事業者に足りないことを課題に挙げています。
海外で売る仕組みと同時に、海外で生まれた金と権利を把握する仕組みが要るのではないか、というのが二つの出来事から出てくる問いです。ライセンス管理を専門会社に委ねる、出版社が代理人機能を担う、作家事務所向けに監査を外部化する、契約の期限と入金を一元管理する台帳を持つ。それぞれに手数料、作家の自由度の低下、出版社への権力集中という代償が付きます。
一方で、日本のIP全体で横領が横行しているという証拠はありません。確認できるのは、世界展開によって契約・権利・収益の経路が複雑になったこと、そして一部の人に権限と情報が集中すると、その複雑さが不正の発見を遅らせうることまでです。20兆円産業を目指すなら、管理の側も同じ速さで高度化する必要があるのではないか、という問いが残ります。
関連記事
クールジャパン機構廃止検討へ 日本文化の海外需要と官民ファンド失敗の本質
成功しすぎた日本IPの次の課題
売る力と同じ速さで、管理する力を
かつて漫画家が机の上で描いた一つの作品が、数十年後には世界各国でゲームや玩具、映像、テーマパークへ姿を変え、数十億円、数百億円の金を動かしています。日本の漫画・アニメが世界に認められた証です。
同時に、作品が作者個人の管理能力をはるかに超えた国際資産になった以上、それを支える仕組みも変わらざるを得ません。車田氏の件は信頼した一人に金と情報が集まりすぎた例、ドラゴンボールの件は関係者が増えすぎて情報が先走った例です。向きは逆でも、誰が正しい情報を持ち、誰が決め、誰が外に伝えるのかという同じ問いに行き着きます。
政府は2033年までに海外売上20兆円を目指しています。海外へ売る力だけでなく、世界へ広がった権利、契約、情報、そして利益を正確に把握する力を同時に育てられるか。成功しすぎた日本IPの次の課題は、そこにあるのかもしれません。
それではまた、次回の記事でお会いしましょう。
YouTubeでも配信中
せかはんでは、記事の内容をまとめた解説動画とショート動画を配信しています。動画で振り返りたい方はこちらからどうぞ。
▼記事が面白かったら応援クリックお願いします!▼
▲更新の励みになります!▲
関連書籍紹介
『ライセンスビジネスの戦略と実務 第4版 キャラクター&ブランド活用マネジメント』
草間文彦(白桃書房/2024年05月刊)
キャラクターやブランドの権利を第三者に貸し出して対価を得るライセンスビジネスを、基礎の考え方から契約実務、市場データ、戦略の立て方まで通しで扱った教科書です。著作権と商標権がそれぞれどこまでを守るのか、許諾の範囲や期間、ロイヤリティをどう設計するのかといった、実際の交渉で決めなければならない項目が順を追って整理されています。初版から約10年のあいだに版を重ねており、第4版では数字や事例が更新されています。
今回の記事で扱った「作品から商品へ、商品から地域へ、地域ごとの契約相手へ、そこからロイヤリティが戻る」という取引の連なりは、この本が扱う実務そのものです。海外ライセンス料がどんな経路をたどって権利者に届くのかが分かると、その経路のどこに人の目が必要なのかも見当がつきます。ニュースを「誰が悪かったのか」ではなく「どんな仕組みが動いていたのか」として読み直したい方に向く一冊です。
『マンガ家と学ぶ著作権実務入門』
すがやみつる(樹村房/2024年08月刊。法律監修:澤田将史)
『ゲームセンターあらし』の作者で大学教員でもある著者が、自身が実務で出会った場面をもとに著作権を解説した入門書です。知的財産権の全体像から、原作つき作品の権利関係、キャラクターの保護がどこまで及ぶか、二次創作やパロディの扱い、生成AIまでを、四六判232ページの分量で扱っています。弁護士が法律監修に入っており、創作の現場の感覚と条文の説明が並んで置かれているのが特徴です。
今回の記事で扱ったのは、権利を持つ作者本人が、その権利から生まれる金の流れを把握できなくなった状況でした。契約や許諾の仕組みを作者側が自分の言葉で理解しているかどうかは、誰かに任せる場合でも効いてきます。創作する側から権利管理の話を読み始めたい方、作家や制作者と契約を結ぶ立場の方に向きます。
参考リンク
- 「下手すれば漫画家として潰れてた」漫画『聖闘士星矢』の車田正美さん、元マネージャーらを提訴|弁護士ドットコムニュース
- 『聖闘士星矢』作者・車田正美氏が46億円横領被害…「先生は人間嫌い」と25年外部遮断”元マネージャー”を提訴|弁護士JPニュース
- 漫画「聖闘士星矢」作者の車田正美さん、46億円横領被害訴え 元マネジャーら提訴―東京地裁|時事ドットコム
- フランスにおける『ドラゴンボール』テーマパーク建設報道に関する当社の見解|東映アニメーション
- エンタメ・クリエイティブ産業戦略 改訂骨子案(第18回研究会資料、2026年3月)|経済産業省
- 2015年版「出版契約書」(ヒナ型1)解説|日本書籍出版協会
- 水原一平被告に禁錮4年9月 銀行詐欺罪、大谷翔平選手に賠償も|日本経済新聞


