Google DeepMind再編 「Googleを作った男」ディーンが去り、本体は稼ぐAIへ舵を切る【海外の反応・解説】

Googleは2026年8月5日、ハサビスがGoogle DeepMindの日常運営から離れる再編を発表し、同日にジェフ・ディーンら4人が退社してDiscovery Loopを設立しました。天才の流出ではなく機能分化と読む理由を、海外の反応とともに解説します。

今回の記事の重要ポイント(三点)

・Googleは2026年8月5日、デミス・ハサビスがGoogle DeepMindの日常運営から離れる再編を発表し、同日にジェフ・ディーンら4人が退社して科学研究を自動化するAI企業Discovery Loopを設立した。

・DeepMindはAlphaGoやAlphaFoldで名を上げた研究所だったが、ChatGPT登場後にGoogle Brainと統合され、主力製品Geminiを作る事業部門へと役割を変えてきた。

・今回の動きは有力研究者の造反や流出というより、巨額化したフロンティアAI開発が「稼ぐための研究」と「科学のための研究」の分業を迫った機能分化として読める。


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ハサビスの役職変更と研究者4人の独立

米Googleの持ち株会社Alphabetは8月5日、AI部門の体制を再編すると発表した。Google DeepMindの最高経営責任者(CEO)を務めてきたデミス・ハサビスは、同社の会長兼Alphabetのチーフサイエンティストに就く。日常の運営から離れ、AGI(汎用人工知能)に関わる長期研究に集中する。

ハサビスはスタッフ向けのメモで、役割を変える動機としてAGIが近づいていることを挙げた。DeepMindから分離したAlphabet傘下の創薬企業Isomorphic LabsのCEOは引き続き務める。日常運営とGeminiのモデル開発は、現在の最高技術責任者(CTO)コライ・カブクチュオールが引き継ぐ。

カブクチュオールの肩書きはCEOではなく、Google DeepMindの上級副社長(SVP)である。スンダー・ピチャイCEOの直属となり、2025年6月に就いたGoogleのChief AI Architectも兼ねる。担当範囲はGeminiのモデル開発、フロンティアAI研究、Geminiアプリと開発者向けチームである。

同じ8月5日、Googleのチーフサイエンティストジェフ・ディーンら4人が退社し、新会社「Discovery Loop」を設立すると発表した。ほかの3人はサンジェイ・ゲマワット、オリオール・ビニャルス、クオック・レ。カリフォルニア州パロアルトに拠点を置き、公益法人形態(public benefit corporation)でAIによる科学研究の自動化に取り組む。

Googleは公式ブログで、Alphabetが新会社の「創業出資者かつクラウドパートナー」であると明記した。一方でAlphabetは、これらの動きの背景や同時に発表した理由について詳細を示していない。発表後、Alphabet株は4%下落したと報じられている。


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DeepMind買収から今回の再編までに起きたこと

Discovery Loopを作った4人とは何者か

今回の退社が驚きをもって受け止められたのは、ジェフ・ディーンが「Googleそのものを作った」と言われる存在だからです。

ディーンは1999年、まだ社員が数十人だった時代のGoogleに入りました。以来27年、膨大なウェブページを何十万台ものコンピューターに分担させて処理する仕組みを、盟友サンジェイ・ゲマワットとともに何世代にもわたって設計してきました。Google検索が世界規模で動くのは、この土台の上でのことです。

その存在感は、米国のエンジニアの間で「ジェフ・ディーン伝説」というジョーク集が生まれたほどです。「ジェフ・ディーンのキーボードにはキーが2つしかない。0と1だ」といった具合に、実在の技術者が最大級の敬意を込めたネタにされる、業界でも数少ない人物です。

AIの時代にも中心にいました。2011年に社内AI研究チーム「Google Brain」を共同で立ち上げ、機械学習ソフトの定番になった「TensorFlow」を手がけ、2023年からはGoogle全体のチーフサイエンティスト。検索を支えた計算基盤と、AI研究の両方を象徴する存在でした。

ともに独立した3人も大物です。ゲマワットは基盤技術の共同設計者、ビニャルスとレは最近までGeminiの開発を引っ張ったモデル研究者。新会社Discovery Loopは、仮説を立て、実験し、解析し、次の仮説へ進むという科学研究のループをAIに回させ、研究そのものを自動化することを掲げています。

会社は非営利ではなく、公益目的を掲げる営利企業です。Alphabetのほか複数のベンチャーキャピタルが出資し(金額は非公表)、Googleは少なくとも初年度、計算資源も供給します。


研究所だったDeepMindがGoogleの本業になるまで

流れをざっくり言えば、本業から遠い研究所が、10年ほどでGoogleの生命線になったという話です。

年月出来事
2010年DeepMind、ロンドンで設立
2014年1月GoogleがDeepMindを買収(金額は非開示)
2016年3月AlphaGoが囲碁の李世乭九段に4勝1敗
2020年11月AlphaFold2がタンパク質の立体構造予測で成果
2022年11月ChatGPT一般公開
2023年4月Google BrainとDeepMindを統合、Google DeepMind発足
2024年10月ハサビスがノーベル化学賞を共同受賞
2025年11月Gemini 3公開

DeepMindは2010年にロンドンで生まれたAI研究の会社です。創業者のデミス・ハサビスは、人間のように幅広い問題を解けるAI、つまりAGIを作りたいという思想の持ち主で、2014年にGoogleに買収された後も、ロンドンで研究所らしい自由な研究を続けました。

その象徴が、囲碁で世界トップ棋士を破ったAlphaGoと、タンパク質の立体構造という生物学の難問を解いたAlphaFoldです。AlphaFoldの功績でハサビスは2024年、ノーベル化学賞を共同受賞しました。AIを商売の道具ではなく、科学の道具として振るった成果です。

流れを変えたのは2022年11月のChatGPTでした。「AIといえばGoogle」だったはずが、製品でAI革命を起こしたのはOpenAIだった。対応を迫られたGoogleは翌2023年、社内のAI研究チームとDeepMindを統合してGoogle DeepMindを作り、ハサビスをトップに据えます。

経営から離れていた共同創業者のセルゲイ・ブリンが、現場に戻ってGemini開発に深く関わり始めたのもこの頃と報じられています。創業者が緊急事態で復帰した、と考えると分かりやすい動きです。

こうして「AGIと科学の研究所」は、Googleの看板AIであるGeminiを作る事業部門になりました。2025年11月のGemini 3は競合との差を詰めたと評価されましたが、6月に予定されていた次のGemini 4は、8月の再編発表の時点でまだ公開されていません。


5年前、OpenAIでも研究者たちが独立した

今回のディーンらの独立には、5年前にそっくりな前例があります

2020年末、OpenAIの研究部門トップだったダリオ・アモデイが同社を離れました。GPT-2とGPT-3を作った中心人物の一人とされます。翌2021年、妹のダニエラらOpenAI出身の仲間とAnthropicを設立しました。

当時のAnthropicは、高性能で信頼できるAIの基礎研究を掲げた会社として受け止められていました。それが現在は、Claudeを擁してOpenAIやGoogleと正面から競うフロンティア企業になっています。ChatGPTを生んだ会社から抜けた研究者たちが、ChatGPTの最大のライバルを作ったわけです。

つまり今回の再編は、「巨大AI企業から看板研究者が抜けて新会社を作る」という、AI業界で一度起きたことの繰り返しに見えます。海外の掲示板や報道で今回の独立が大きく扱われるのも、Anthropicが「独立組は数年で本家を脅かす」という前例を作ってしまったからです。もっとも、形が似ていることと中身が同じことは別で、そこが今回の記事の考えどころになります。

なお2026年6月には、ノーベル化学賞をハサビスと共同受賞したジョン・ジャンパーがGoogle DeepMindを離れ、そのAnthropicへ移ると発表しています。5年前に始まった人の流れは、今回の再編の直前まで続いていました。


海外の反応

今回は3つのスレッドを参照します。まず、ジェフ・ディーンら4人の退社を伝えた一般ニュース系のスレッドです。2,400票を超えて伸びており、論調は「またAI企業か」という冷笑と、「彼らがどれだけ特別な技術者か分かっていない」という反論が正面からぶつかっています。

以下はスレッド内のユーザーコメントの抜粋・翻訳です。


はいはい、また新しいAI企業ね……。


今さら遅すぎるだろ。2024年なら数十億ドルは集められたのに。


乗り遅れも何も、彼らがパーティーそのものだよ。


今から参入しても遅いって。


いや、彼らは文字どおりゲームを回してきた側だぞ。


これまでの成果は全部Googleのものだろ。ゼロからのスタートになるんだぞ。


Googleは彼らの頭脳までは所有してないよ。未来の記憶消去技術でも持ち出さない限り、彼らは大丈夫さ。


ネタバレ注意。3か月後にGoogleが丸ごと買収して、Alphabetに再吸収するよ。


Google自身が彼らのスタートアップに出資してるんだよな。


前の会社といい関係を保っておくのは、いつだって賢いやり方さ。


Googleは1年間、彼らに計算資源を貸すそうだ。へその緒はつながったままなんだよ。普通のスタートアップとは違う。


俺の読みはこうだ。巨大なAlphabetでは、AIの熱狂を株価に変換しきれない。新モデルを出しても「検索はどうなる?」と言われて株が下がる。全部が決算に出て、プロに分析される。OpenAIやAnthropicみたいに雰囲気で評価してはもらえない。

スピンオフを持てば、財務の透明性や業績への圧力なしに、上振れだけを取り込める。


これは大ニュースだよ。ただ、なぜGoogleの中でやれなかったのかが気になる。GoogleはずっとAIで創薬だ、がん治療だと宣伝してきたのに。彼らを失うのは大きな損失だよ。


このコメント欄を見て、Redditの残念さがよく分かった。これはアラン・チューリング(コンピューター科学の父と呼ばれる英国の数学者)級の人たちが自分の会社を作るという話だぞ。コンピューター科学を知っていれば、俺たちの仕事も日用品も彼らのおかげだと分かる。こんな人材、探しても存在しないんだ。


これ以上金の要らない連中が、科学の発見を加速させる会社を作る。いいことじゃないか。悲観論者は黙っててくれ。がんも老化も治してくれよ。


これだけの富があったら、家族と旅をして人生を楽しめばいいのに。なぜ企業キャンパスに座って、使い切れない金をさらに稼ぐためにまたAI企業を作るのか、俺には一生理解できない。


もう金も実績も十分にある。歳を重ねて、世界のためになることをやりたいんだろう。掲げている目標を見る限りはね。


続いて、ハサビスの役割変更を報じた記事に立った技術系コミュニティのスレッドです。こちらは「降格なのか昇格なのか」を巡る読み合いが中心になっています。


後任はGeminiが務めるのか?


退くというより昇格だろ。会長になるんだから。


ひどい見出しだ。彼はGoogleを離れるわけじゃないぞ。


報道によれば、この移行は1年がかりで準備されていて、追い出されたわけでもないそうだ。テック企業の経営者でいることより、ビジョンを持った科学者でいることに満足を見いだせなかったんだと。

タンパク質の構造予測でノーベル賞を取った、根っからの科学者だからな。Alphabetのチーフサイエンティスト兼DeepMind会長のほうが、彼には合った席なんだろう。


みんな分かってないな。ハサビスやジェフとサンジェイのクラスの人たちは、今の役職では天才を発揮する余白がなかったんだ。ジェフとサンジェイを部屋にこもらせて、1〜2年コンピューターと向き合わせてみろ。とんでもないものを作ってくるぞ。Googleではそれができなかった。

それに新会社の大口投資家はGoogleで、クラウドもGoogleだ。母船からそう遠くへは行かないよ。


何年か前、彼はDeepMindの分離独立をGoogleに持ちかけていた。ところがLLMブームが来て、Googleは逆にBrainを統合し、Google DeepMindを会社の中核に据えた。以来、GoogleのAI研究はどんどんLLM中心になった。ハサビスはLLMをAGIへの回り道だと思っているのにね。

彼の心はAIによる創薬とAGIの探究にある。今回の変化で、Isomorphic Labsに使える時間が増えるんだろう。


船は作った。もう自分で漕ぐ必要はないってことだ。次は別の船の作り方を試しに行くのさ。


最後に、「AIの主導権がハサビスから共同創業者ブリンの側へ移った」とする英FT報道を扱ったスレッドです。AlphaFoldの無料公開を巡る議論が中心で、ここが最も辛辣です。


本当の理由はこれだろ。記事によれば、経営幹部は彼が事業の商業的要求に重きを置かないことにいら立っていて、ノーベル賞をもたらしたAlphaFoldを無料公開した判断は、巨額の投資に対して商業的リターンをほとんど生まなかったとして、社内の緊張の種になっていたそうだ。


Googleの昔の行動規範「邪悪になるな(Don’t be evil)」に、新しい注釈が付いたわけだ。「ただし、科学をタダで配るな」とね。


ダボス会議で「信頼されるAIアシスタントに広告の居場所はない」と言って、Googleの幹部を嫌がらせたこともあったな。

彼は権力や金を追いかけるタイプには見えない。ノーベル賞はいくら積まれても手放さないと公言している男だ。AlphaFoldは「AIを良いことに使う」最良の実例だし、原則を貫いたことは立派だと思う。ただ、我々は資本主義のレースの中にいる。ああいう人が、ただ得意なことをやって生きていける環境ではないんだ。


X(旧Twitter)では「フロンティアモデルで勝てなくなったのはハサビスのせいだ」という意見も見かけるが、実情はもっと複雑だ。GoogleがGeminiの最大の競合たちに膨大な計算資源を長期契約で売る一方で、DeepMindの社員は計算資源の取り合いをしていたと報じられてきた。何かを出そうとするたびに、競合の10倍の承認が要る会社を想像してみろよ。

Googleが死んだとは思わないが、DeepMindの研究文化は死んだと思う。ハサビス個人にとっては、科学のためのAIに集中できる今回の方が勝ちだろう。


ハサビスもジェフ・ディーンも、そろってLLM競争から離れていくのが面白い。モデルはコモディティ化していて、価値はその上に築くものへ移る。そう考えているという強いシグナルだろう。


あるいは、自社モデルではもう勝てないと悟って、他社のモデルの上に築くほうが得だと考えたか、だな。


CEOよりチーフサイエンティストのほうが、生まれつき合っている男ではあるよな。


「天才の流出」の先にある構造の話

「Googleから天才が逃げた」では半分しか説明できない

「Googleから天才が逃げた」という物語で説明できるのは、この再編の半分だけです。

流出の側面は確かに重い。ジェフ・ディーン級の人物が去った跡はしばらく残る、という市場ストラテジストの評価をロイター通信が伝えています。しかも単発ではありません。6月にはGeminiを共同リードしていたノーム・シャジアーがOpenAIへ、同じ週にノーベル賞受賞者のジョン・ジャンパーがAnthropicへ移ると発表され、その延長線上に今回の4人の退社が来ました。

さらに、DeepMindの看板だったAlphaFoldのチームは解体され、主要メンバーはGemini関連やIsomorphic Labsへ再配置されたと報じられています。元論文の著者の約4分の1が会社を去ったという報道もあり、科学研究の居場所がGoogle社内で縮んでいる兆候と読む余地は残ります。

一方で、流出説だけでは説明できない事実が並びます。ハサビスはGoogleに残り、AlphabetはDiscovery Loopの創業出資者としてクラウドまで供給する。Geminiの開発体制は、ピチャイ直属の実務責任者へ計画的に引き継がれています。敵陣への離反であれば、出て行く側に親会社が出資する形にはなりません。

ハサビスの人事も、「降格か栄転か」の二択には収まりません。肩書きはAlphabet全体のチーフサイエンティストへと上がりましたが、直属の部下はほとんど持たないと同社は説明しています。肩書き上の昇格と、日常的な組織支配力の縮小は両立します。上がったか下がったかより、権限の中身が何に変わったかが実質です。

権限の中身の変化は、細部に表れています。実務を継ぐカブクチュオールの拠点はロンドンではなくGoogle本社のあるマウンテンビューに寄り、広報や法務などの管理機能はGoogle本体へ統合されると報じられています。AIの主要な収益源であるGoogle Cloudの幹部が今回の人事を歓迎したという報道もあります。

英フィナンシャル・タイムズは、この再編でAI戦略への影響力が、現場に復帰していた共同創業者セルゲイ・ブリンの側へ寄ったと報じたとされます。カブクチュオールをブリンに近い実務家と評する報道もあり、重心が研究の府ロンドンから事業の府カリフォルニアへ動いたという読みには、相応の材料がそろっています。


「Anthropicの再来」に見えて、資本の線が逆向き

5年前のOpenAIと今回のGoogleは、似ているのは形だけで、中身は3つの点で異なります。

第一に、独立の軸足です。Anthropicを作った人々は、強力になるAIをどう制御し信頼できるものにするかという「AIの作り方」に研究の重心を置いていました。Discovery Loopの4人が掲げるのは、AIに科学研究をやらせるという「AIの使い道」です。同じ独立でも、前者は開発思想の分化、後者は応用領域の分化と、割れた軸が違います。

第二に、資本の線です。OpenAIとAnthropicは現在、モデルも顧客も奪い合う真正面の競合になりました。対してGoogleは、出て行った側の会社に自ら出資し、計算資源まで売る契約を結んでいます。ただし出資の比率や条件は非公表で、このつながりの太さはまだ測れません。

第三に、決裂の色の濃さです。Anthropicの場合は、開発方針を巡る考え方の違いがあったと伝えられています。今回のGoogleについて、4人が会社の方針を否定して出たと確認できる材料は現時点で乏しい。出資は決裂説を弱める材料の一つであり、思想的な決裂よりも役割分担の再編、つまり機能分化として読む方が今のところ説明力があります。

もっとも、資本の線を一段引いて見ると、両者は再び似てきます。OpenAIの背後にはMicrosoftが、Anthropicの株主にはAmazonとGoogleが、Discovery Loopの出資者にはAlphabetがいます。どれほど独立しても、フロンティアAIの研究は巨大資本の計算資源から離れられない。この一点は、5年前も今回も変わっていません。


商業化は研究の敵であり、研究費の財布でもある

研究対商業というきれいな対立の図式は、AlphaFold自体がGoogleのお金で生まれたという事実とぶつかります。

AlphaGoもAlphaFold2も、Googleの広告事業が生む利益と、世界最大級の計算基盤の上で成立しました。商業化の圧力は研究の自由を削る一方で、研究費の財布でもあり続けたわけです。

英フィナンシャル・タイムズは、AlphaFoldを科学界に無料開放した判断への不満が社内にあったと報じたとされます。ただ、無料公開には人材獲得や評判、外部検証という戦略的な見返りもあり、理想と実利の単純な対立では割り切れません。

企業の研究所がこの緊張に揺れるのは、AIが初めてではありません。トランジスタと情報理論を生んだベル研究所は、電話事業の独占利益という巨大な財布があったからこそ基礎研究を養えました。パソコンの原型を作ったゼロックスのパロアルト研究所は、成果の製品化で後発のAppleに先を越されています。本業の余剰が研究所を養い、本業が脅かされると研究所が再編される。この型は半世紀前から繰り返されてきました。

興味深いのは、OpenAIとGoogleで同じ力が逆方向に働いたことです。研究所として出発したOpenAIは、開発資金の巨額化とともに事業会社へ変わり、研究志向の一部が独立しました。Googleは逆に、買収した研究所が本業の中核になり、科学志向の研究者が外へ出ています。

入口は正反対でも、行き着いた先は同じ構造です。フロンティア研究には巨額の資金が要り、資金には商業化が要り、商業化は製品の速度を優先させる。どの会社の個性でもなく、この産業そのものが抱える緊張と考えられます。


Discovery Loopは「科学専業」のままでいられるか

5年前のAnthropicがそうだったように、出発点の看板は数年で変わり得ます

2021年の設立当時、Anthropicを安全性研究に特化した小さな研究所と見る向きは少なくありませんでした。それが数年でClaudeを擁するフロンティア企業になり、OpenAIの最大級のライバルになっています。

もっとも同社は当初から高性能で汎用的なAIの研究を掲げており、変質したというより、外の受け止めが実像に追いついた面もあります。いずれにせよ、出発点の看板が到達点を教えてくれなかった前例です。

現時点のDiscovery Loopについても、評価できる材料は発足時の宣言だけです。5年後の姿は、宣言ではなく行動が決めます。

Discovery Loopの掲げる「仮説を立て、実験し、解析し、次の仮説へ進む」ループの自動化は、問題を設定し、情報を集め、試行錯誤し、結果を自分で評価するという汎用AIエージェントの能力と地続きです。同社は自らを改善していく再帰的な手法も探索するとテッククランチは報じています。科学の道具として磨いた能力が、科学の外で使える汎用能力に化ける可能性は残ります。

ただし、科学実験を回す自律性と、あらゆる領域で働く汎用性は別物です。技術が転用できることと、会社が転用を選ぶことも、また別の話です。

転換の兆しが出るとすれば、次の4か所です。対象領域が創薬や材料の外へ広がるか。基盤モデルの自社開発に踏み出すか。外部向けのAPIや企業向け製品を出すか。計算資源の調達先がGoogle Cloudの外へ広がるか。この4つが動いたときが、看板の掛け替えが始まる合図です。

Alphabetの出資は、この全ての分岐に保険を掛ける一手だったとも考えられます。科学専業で成功すれば投資リターンとクラウド需要が返り、汎用へ転じても資本関係で手元に残る。ただし前述のとおり持ち分や契約条件は非公表で、この読みが効く範囲もそこに依存します。


研究所という形は続けられるのか

研究の置き場所を仕分け直した再編

8月5日の再編の実体は、研究の置き場所の仕分けです。次のGeminiを強くする研究はピチャイ直属の実務体制へ。AGIと科学の長期研究はハサビスの新しい役割へ。利益になるか分からないが重要な研究の一部は、Alphabetが出資する社外のDiscovery Loopへ。同じ組織に同居していた役割が、別々の場所に置き直されました。

この仕分けが、設計された分業なのか、止められなかった流出を秩序立てて見せたものなのかは、外からはまだ確定できません。ロンドンの研究文化が細るという見方もあれば、それぞれが専念できるという見方もあり、答えはGemini 4以降の成果と、Discovery Loopの数年後の姿が出します。

残るのは、より長持ちする問いの方です。基礎研究と製品開発と収益責任を、一つの組織に同居させる形は続けられるのか。ベル研究所の時代から誰も最終回答を出せていないこの問いに、フロンティアAI産業は史上最大の資金規模で向き合うことになりました。DeepMindという研究所の10年は、その実験の最初の記録になるのだと思います。

それではまた、次回の記事でお会いしましょう。


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関連書籍紹介

『GENIUS MAKERS』

ケイド・メッツ著/小金輝彦訳(CCCメディアハウス/2021年10月刊)

ニューヨーク・タイムズのテクノロジー記者が、ディープラーニングを世に出した研究者たちと、彼らを奪い合った企業の20年を追ったノンフィクションです。従業員3人だったジェフリー・ヒントンの会社をGoogle、Microsoft、Baiduが競争入札で取り合う場面から始まり、Google Brainの立ち上げ、GoogleによるDeepMind買収、Facebookの研究所設立までを、当事者への取材で描いています。

今回の記事で扱った、研究所と事業部門のあいだで研究者がどう動いてきたかという論点は、この本が扱う時代からすでに繰り返されてきたものです。ジェフ・ディーンもデミス・ハサビスも実名で登場するため、今回の再編を10年単位の連続した話として読みたい方に向きます。


『THE COMING WAVE AIを封じ込めよ』

ムスタファ・スレイマン、マイケル・バスカー著/上杉隼人訳(日本経済新聞出版/2024年09月刊)

DeepMindの共同創業者で、現在はMicrosoft AIのCEOを務める著者が、AIと合成生物学を軸にした技術の波をどう制御するかを論じた一冊です。自身が立ち上げた研究所がGoogleに買収され、巨大企業の中で運営されていった経験を土台に、技術の拡散を止められない構造と、それでも封じ込めを試みる必要を説いています。

今回の記事で扱った、フロンティア研究には巨額の資金が要り、資金には商業化が要るという緊張は、この本の著者自身が内側で経験してきたものです。DeepMindという研究所が何を目指して作られ、企業の中でどんな折り合いをつけてきたのかを、創業者側の言葉で確かめたい方に向きます。


参考リンク

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